[RIDE THE LIGHTNING] Chapter34

「戦闘タイプ……ということは、コイツならRIDE THE LIGHTNINGに勝てるというのか?」

「性能的には間違いなく。ただし、あくまで我々に使われてくれればの話ですけれども」

「制御できないのか?」

「ええ。彼女のタキ……魂は眠っているような状態で、自律制御は期待できません。ボディ内部に子供がやっと入れる程度の空間があり、そこに入って念じれば動かすことが出来るのですが……」

遠隔操作リモートは?」

 女は首を横に振る。

「通信は、装甲に阻まれてしまいますから」

「なるほど。しかし、子どもを乗せるわけにもいかない。そこで博士、あなたの出番というわけか」

「そうか。タブレットの身体ならば、戦闘にも耐えられる」

『いや、私には無理だ。そういう風には出来ていない』

「ではそこの彼女か?」

 デイヴが冗談めかして言うと、女は、

「ええ」と一言。

『そうだ』インワーゲンもそれとほぼ同時に言う。

 アーノルドは目をパチクリさせ、それから大げさに笑って見せた。
 この反応は、華奢な女が、あるいは主を手にかけるような欠陥クローンが、そんな超兵器を操るというのが可笑しかったからというのもある。
 が、それよりなにより、彼は心のどこかで、笑って気を紛らわせられるタイミングを伺っていたのである。

「将軍。将軍」

「あ」

 しかし、流石に笑いすぎたと、あわてて表情を固める。

「彼女が人ではない、と言ったのはそういうことですか」と、デイヴはインワーゲンに問う。が、女が答える。

「ええ。単なる人間の遺伝学的複製であれば、その強度は人間とそう変わりません。まして、あんな引きこもりのダメ女の遺伝子であれば、たかが知れています。それに、いくら彼女が小柄と言っても、IRONMAIDENのボディには納まりません」

 アーノルドは女の身体を見回しながら言う。

「そうか? 君はバストもヒップもほとんどないように見えるが……意外と着痩せするのか」

 しばしの沈黙。

「クローンではいけないのは分かるが、サイズに関しては君も同じだろう」デイヴが問う。

「まあ、戸籍のないクローンなら四肢ぐらい切り落としても……」

 アーノルドは、そう言いかけたところで自身に向けられた痛い視線に気づく。

「失敬」

「いいでしょう」女がそう言うと、突如女がぐにゃりと前に倒れる。

 彼女の服の中で何がが蠢いている。

「え、なに」とノア。

 女が起き上がる……が、膝から下が動かない。
 女は振り返り、それを見止める。

「ああ」

 女が動かない足に触れようと腕を振るうと、袖からその前腕(肘のあたりでもげている)がこぼれ落ちる。
 逆の手(こちらもやはり前腕が落ち、手先は袖の中に隠れている)で袖をつかみ、捲る。
 と、袖の中から先刻までの彼女のか細い手よりもさらに小さな子供のような手が現れる。
 その手で動かない足を引っ張る。
 スカートに隠れてよく見えないが、どうやら膝から下ももげているらしく、引っ張られた脚はおかしな角度にぐりぐりと曲がる。
 女はため息をつき、体を仰向けにする。
 明らかに縮んでいる。
 両手を使ってスカートの下に履いていたストッキングを脱ぐと、ストッキングの中にもげた両の脚と、彼女のパンティが残される。
 そして、ついに立ち上がった彼女は、やはり、先刻までよりも小さく、幼い少女の姿をしていた。

「義足? いや……」

 そうではない。
 もとより幼い顔つきであったが、より一層子供らしい顔つきになっている。
 なにより、取れ落ちた四肢、その付け根から血が流れている。
 単に両手両足から器具を取り外したというわけではなさそうだ。

「身体を作り替えたのか」

「そんなところです」

「痛くはないのか?」と、デイヴ。

「痛みは感じませんから」女が答える。

「小さくなって……それに、さっきまでの言いようからして、君は常人よりも頑丈なのだな?」

「頑丈、というよりは身体が柔らかくて、衝撃に強いといったところでしょうか」

「そうか……しかしなぁ」と、アーノルド。

『なにかね』

「強い騎兵にはより強い騎兵を――などというのは大昔の戦争か、あるいはコミックの中だけの話であって、現実に一騎討ちが成立するなどというのは絵空事なのだから……」

「しかし、核はお嫌でしょう」とデイヴ。

「それはそうだが……」言いよどむアーノルド。

 女は言う。

「確かに、現代戦の主力は誘導兵器です。危険を冒さず、遠距離から確実に仕留める。ですがRIDE THE LIGHTNINGは、爆撃機が核を投下してから地表で炸裂するまでの内に、その被害が及ぶ範囲から離脱したことが確認されています。爆風の中心から、およそ十数キロ。たった数秒で、です」

「そんなスピードで動き回るターゲットに、命中させられる誘導兵器など存在しません」ノアが言う。

『だからドッグファイトをする必要がある』

「戦闘機なら?」アーノルドが問う。

『搭載可能なミサイルがヤツに利けば、の話だが……仮にミサイルが通用するとしても、我が国の戦闘機にそれほどの速度が出せるものもなければ、あんなふうに静止状態から急加速したり、空を縦横無尽に駆け回れるような運動性はない。お話にならんよ』

「やつにそんな性能が……」

「しかし、こいつがヤツの動きについていけるとして、攻撃手段は? 見たところ腕は多いようだが、取っ組み合いでもするつもりで?」デイヴが問う。

『いや、これを装備させる』

 画面のインワーゲンが親指で指示した先には、大型バイクほどの大きさの円筒状の装置があった。

「それ、フェイズランサーでしょう。一発撃つのに国中の電気を丸一日止めないといけないっていう」デイヴが言った。

 フェイズランサー――タキオン粒子が異なる位相空間から物質に干渉する性質を利用し、射線上に真空トンネルを形成、そこへ高出力レーザーやガンマ束を無損失で押し込む二段式のビーム兵器。
 しかし、真空トンネルの形成にタキオン粒子が関わることは一般に知られていない。

『いや。タキオンランチャーだ』

「なんです、それは」

『もっと強力なビーム砲だ』

「一点に加わるエネルギー量で言えば、MOAB、ツァーリ・ボンバの爆心地のそれにも勝ります。それに、爆風もありません」と、ノア。

『フェイズランサーよりさらにエネルギーを食うが、IRONMAIDENのジェネレータに繋げば何発でも撃てる。砲身も焼けないから、クールダウンも必要ない』

「つまり、そのランチャーとやらを発射するには、そこの黒いロボに装備させる他なく、しかもそいつは、ぼかすか超威力のビームを撃ちながら、RIDE THE LIGHTNINGとドッグファイトが出来てしまうのだから、固定砲台にしてしまうのはナンセンスだと。そう言いたいのだな?」

「そういうわけです」

 アーノルドは顎に手をやり、俯き、少し考えると、

「……放射線被害は?」と問う。

 女は答える。

「射線の周囲100メートルに致死量のガンマ線が飛び散りますが、何秒も持続しません」

 アーノルドは目を見開き、

「それは結構」と一言。

「君は大丈夫なのか」

 デイヴが女に問うと、女はデイヴを睨みつつ、

「放射線にも耐性がありますし、IRONMAIDENのボディも放射線は通しませんから。お気遣いなく」

 とやや低めの声で答える。

「まあ、なんだ。もちろん何も起こらないのが一番だが、万が一のことがあったときにはよろしく頼むぞ」

 アーノルドは女に握手を求めて手を差し出しながら、眼前の、およそ身体を鍛えたことなどないであろう化け物が、厳しい訓練を重ねてきたどんな兵士よりも現状の脅威に対して有効であるという事実を未だ受け入れがたく、また、腹立たしくてならなかった。
 だから、女がその手を差し出してきたならば、その小さな手をありったけの力で握りつぶしてやろう。あるいは握り返され、逆にこちらの手指が砕かれるならばそれもまたよかろうと思った。

「ええと……」

 アーノルドが言い淀んだのは、自身が未だ女の名前を知らないことに気づいたためだ。
 そもそも名前などあるのだろうか、などとアーノルドが思案していると。

「カエデは私のことを――”マリア”と」女が言った。

「殺してしまうほど憎い相手がつけた名か。気に入らないか」

 アーノルドの言に、女は返す。

「それもありますし、単純に古臭い名前ですから」

「なら新しい名前を考えるか?」と、デイヴ。

「いえ。人間は、気に食わないからといって、そう簡単に名を改めたりはしないものでしょう?」

 女――マリアがアーノルドに手を差し出した。
 しめた、とアーノルドは思った。
 手を握り、力を込めんとする……が、出来なかった。
 その子供のように小さく、無垢な手の感触が、息子ジョンのことを思い起こさせたためであった。

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