[RIDE THE LIGHTNING] Chapter04

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〔アイオワ州シーダー・ラピッズ グレゴリオ暦2061年9月18日 05:08 p.m. -6

 シーダー・ラピッズの夜は、かつて美しい街並みが広がっていた頃とはまるで異なっていた。道路のあちこちにはひび割れが走り、そこから雑草が無造作に顔を出している。道端にテントや即席の小屋が乱立し、その間を風が吹き抜けるたびに、布がばたつき、戸が軋み、静寂をかき乱す。
 道路の真ん中には、古びたドラム缶が置かれ、その中で焚火が燃えている。わずかな薪が赤々と燃え、揺らめく炎が、周囲に集まる人々の顔を薄暗く照らしている。彼らの顔には疲労と諦めが刻まれ、火の粉が時折風に乗って舞い上がるたびに、目を細める。
 道の脇には、錆びついた車が幾台も放置されている。その窓からは、わずかに光が漏れ出し、住人が車内に引き込んだらしい電線が照らし出されている。しかし、その光もいつ途絶えるかわからない。

「フランお前、また祈ってるのか? その……」

「ガリア様」

「ガリア様に」

 小さなテントの中で膝をつき、両の手を結ぶ金髪の少女はフランチェスカ・サイファー。
 その背後から、茶髪で褐色肌の少女マイケ・ルイス・フォードは怪訝そうな顔で問う。

「そうよ」

「べつに構わないけどさ……そのガリア様がお前になにかしてくれたか?」

「数千年前、私達の先祖に啓示を授けてくださったわ」

「や、そうじゃなくてだな。お前自身にだよ。腹いっぱいにパンを食わせてくれるか?」

「パンはくれないけれど、ガリア様を信じていれば、私はぐっすり眠れるわ」

 マイケは、フランチェスカの言葉の真意を理解してはいなかった。
 彼女が毎晩フランチェスカを抱いて眠るのは、フランチェスカに母親を求めて甘えているつもりでのことだったが、しかし、小柄なフランチェスカにしてみれば、それはむしろ、子どものようにあやされているように感じられて、とても不愉快なことであった。
 そのことが、彼女の眠りを妨げる直接の要因になっていた。
 彼女がガリアの教えにのめり込んだのは、その苛立ちから逃れるためであった。
 つまるところ、フランチェスカとしては、先の返答で自身の心を語ったつもりだったのだ。

「ああ、そう……」

 しかし、マイケにはそれがジョークの類にしか聞こえていなかった。
 フランチェスカもそのことに気づいていたが、だからといって、これ以上何かを言って、分かってもらおうとも思わなかった。

「それに、ガリア様は私たちの意志の力を愛していらっしゃるの。だから私たちが何かを望み、そのために正しく努力すれば応えてくれるのよ」

「要するに、希望ってことか?」

 マイケは四つん這いになって、フランチェスカの顔を下から覗き込むようにして見た。
 それもまた、マイケにとっては一種の退行のつもりであった。
 フランチェスカは目を閉じていたが、聴覚によって、あるいは瞑想によって研ぎ澄まされ、拡張された意識の端で触れることによってそれを捉えていた。
 そのうえで、マイケが姿勢を低くしたのを、大人が小さな子供と話すときに、目線を合わせるために屈むのと同じに捉えて、またも不愉快に感じた。

「そうね。希望の光よ」

「それで、祈りってのは……なに?」

「なにって?」

「いや、だから、どういうための努力なんだろって」

「決まってるじゃない。天国に行くためよ」

「……天国に行きたいのか?」

「む。天国というのは精神の至る場所。そこへ向かう適切な方策というと、祈りということになるわ」

「祈り、瞑想みたいなものなんだな……え、俺がそれを聞いたのか?」

「そうよ」

「そうかい。ああ。お前がそういう努力を頑張るってんなら、お前のパンは俺がとってきてやるよ」

「盗んだお金で、でしょ。善くないわ」

「お前はそれで良くても、他の奴らはどうするんだ。ガリア様の教えとやらに従って野垂れ死ねとでも言うのか? ……それに、どうせロクに使われない金だ」

「関係ないわ。盗みは盗みよ」

「とか言って、俺が飯持ってきたら食うんだろ?」

「当然。盗品だろうがなんだろうが、お腹が空いていて、そこに食べ物があるのなら構わず食べなさいというのがガリア様の教えよ。何故だか解って?」

「もったいないからだろ」

「そうよ。闇雲に食べ物を腐らせ、延ばせる生を放棄することは臆病者のやること。怠慢でしかないわ」

「言えてる。けど、それって凄く都合のいい解釈じゃないか?」

「拡大解釈をしてるつもりはないわ」

 フランチェスカは、ここでようやくマイケの誤解に気づく。
 すなわち、マイケの内には一切の悪は避けられるべきという前提があるということだ。
 この前提が、マイケに「盗みは善くない」という教えと「盗んだものでも食べるべき」という教えとの間にパラドクスを感じさせている。

 だがガリアの教えでは、あらゆる人間の行為はイノセント足り得ないと説かれる。
 ゆえに、悪行を避けるのではなく、あらゆる行為の内にある悪性を認め、向き合ったうえで、悪を最小化する努力をするべきとされる。
 そしてその努力を美徳とするガリアの教えは、努力から永久に逃れること、すなわち自死のみを赦されざる行為と定めているのだ。

 このような教えに照らせば、「盗みは善くない」とすることと「盗んだものでも食べるべき」とすることとの間には何の矛盾も認められない。

「まあ、そうなんだろうけど」

「さあさあ、どいたどいた。私は今からガリア様にお祈りしなくちゃいけないの」

「またなのか? なあ、ガリア様とやらは日に何回祈れって言ってるんだよ」

「さあね。盗みのペナルティは大きいの」

「えっ、それじゃあ……」

 マイケは、フランチェスカが、「盗みは悪だが、盗んだものを食べるのは悪ではない」と言ったものと理解していた。
 自分のために、自分に代わって手を汚した者を一方的に断罪する。
 そういう身勝手な理屈を言ったのだと思っていたのだ。
 そのような理屈に照らして、一方的に断罪される側であるマイケにとって、フランチェスカの言い分は到底受け入れがたいものに思われた。
 が、それはそれとして、咎人たる自身の罪を、信じる理屈の上ではイノセントであるはずのフランチェスカが、敢えて肩代わりしてくれようとしていることが、素直に嬉しかった。

 マイケは、フランチェスカが単に、盗んだものを食べたフランチェスカ自身の罪のことを言っているとは思いもよらなかった。

「なあ」

「なに?」

「覚えているかい? あれは俺達がまだ学校に入る前、俺とお前と、母さんと、お前の父さんとでピクニックに行って……」

「覚えてないわね」

「そうかい……お祈りをするんだったな。外すよ」

「助かるわ」

 フランチェスカは目を閉じたままで、振り向きもしなかった。
 マイケは少しの間しかめっ面でその背中を眺めていたが、やがてそれが無意味な行為であることを悟ると、わざとらしく音をたててテントから出た。
 そしてすぐに立ち止まり、つい先ほど自分が出てきたばかりのテントに未練がましく目をやる。

「ここでの約束なんて、どうでもいいのかよ……そんなにお空の上が大事かよ……」

 と、震えるマイケの肩が無遠慮にポンと叩かれる。
 ひょろ長い背をした黒肌の青年、アンドレイ・ウォーロックがそこにいた。

「来てくれ。明日の作戦について話す」

「触るな!」

 マイケはアンドレイの手を弾く。

 アンドレイは困惑した様子で、
「すまない」
 と言う。

 マイケは横目でアンドレイの様子を窺い、
「いや、俺の方こそすまない。気が立っていた。許してくれ。なんでもする」と返す。

「なんでもか……なら、こっちへ来てくれ。侵入経路を確認したい」

「……わかった」

 アンドレイはマイケの返事を聞くやいなや、踵を返して元来た方へと足早に歩みだした。
 後に続くマイケは、訝しげにアンドレイを見つめていた。

 シーダー・ラピッズの夜は、かつて美しい街並みが広がっていた頃とはまるで異なっていた。道路のあちこちにはひび割れが走り、そこから雑草が無造作に顔を出している。道端にテントや即席の小屋が乱立し、その間を風が吹き抜けるたびに、布がばたつき、戸が軋み、静寂をかき乱す。
 道路の真ん中には、古びたドラム缶が置かれ、その中で焚火が燃えている。わずかな薪が赤々と燃え、揺らめく炎が、周囲に集まる人々の顔を薄暗く照らしている。彼らの顔には疲労と諦めが刻まれ、火の粉が時折風に乗って舞い上がるたびに、目を細める。
 道の脇には、錆びついた車が幾台も放置されている。その窓からは、わずかに光が漏れ出し、住人が車内に引き込んだらしい電線が照らし出されている。しかし、その光もいつ途絶えるかわからない。

「フランお前、また祈ってるのか? その……」

 フランと呼ばれた金髪の少女は、小さなテントの中で膝をつき、両の手を結んでいた。
 その後ろから声をかけたのは茶髪で褐色肌の少女。
 金髪の少女は、見向きもせずに答える。

「ガリア様」

「ガリア様に」

 褐色肌の少女は怪訝そうな顔で、金髪の少女の言を繰り返した。

「そうよ」

「べつに構わないけどさ……そのガリア様がお前になにかしてくれたか?」

「数千年前、私達の先祖に啓示を授けてくださったわ」

「や、そうじゃなくてだな。お前自身にだよ。腹いっぱいにパンを食わせてくれるか?」

「パンはくれないけれど、ガリア様を信じていれば、私はぐっすり眠れるわ」

「ああ、そう……」

「それに、ガリア様は私たちの意志の力を愛していらっしゃるの。だから私たちが何かを望み、そのために正しく努力すれば応えてくれるのよ」

「要するに、希望ってことか?」

 褐色の少女は四つん這いになって、金髪の少女の顔を下から覗き込むようにして見た。

「そうね。希望の光よ」

「それで、祈りってのは……なに?」

「なにって?」

「いや、だから、どういうための努力なんだろって」

「決まってるじゃない。天国に行くためよ」

「……天国に行きたいのか?」

「む。天国というのは精神の至る場所。そこへ向かう適切な方策というと、祈りということになるわ」

「祈り、瞑想みたいなものなんだな……え、俺がそれを聞いたのか?」

「そうよ」

「そうかい。ああ。お前がそういう努力を頑張るってんなら、お前のパンは俺がとってきてやるよ」

「盗んだお金で、でしょ。善くないわ」

「お前はそれで良くても、他の奴らはどうするんだ。ガリア様の教えとやらに従って野垂れ死ねとでも言うのか? ……それに、どうせロクに使われない金だ」

「関係ないわ。盗みは盗みよ」

「とか言って、俺が飯持ってきたら食うんだろ?」

「当然。盗品だろうがなんだろうが、お腹が空いていて、そこに食べ物があるのなら構わず食べなさいというのがガリア様の教えよ。何故だか解って?」

「もったいないからだろ」

「そうよ。闇雲に食べ物を腐らせ、延ばせる生を放棄することは臆病者のやること。怠慢でしかないわ」

「言えてる。けど、それって凄く都合のいい解釈じゃないか?」

「拡大解釈をしてるつもりはないわ」

「まあ、そうなんだろうけど」

「さあさあ、どいたどいた。私は今からガリア様にお祈りしなくちゃいけないの」

「またなのか? なあ、ガリア様とやらは日に何回祈れって言ってるんだよ」

「さあね。盗みのペナルティは大きいの」

「えっ、それじゃあ……なあ」

「なに?」

「覚えているかい? あれは俺達がまだ学校に入る前、俺とお前と、母さんと、お前の父さんとでピクニックに行って……」

「覚えてないわね」

「そうかい……お祈りをするんだったな。外すよ」

「助かるわ」

 金髪の少女は依然目を閉じたままで、振り向きもしなかった。
 褐色の少女は少しの間しかめっ面でその背中を眺めていたが、やがてそれが無意味な行為であることを悟ると、わざとらしく音をたててテントから出た。
 そしてすぐに立ち止まり、つい先ほど自分が出てきたばかりのテントに未練がましく目をやる。

「ここでの約束なんて、どうでもいいのかよ……そんなにお空の上が大事かよ……」

 と、震える褐色肌の少女の肩が無遠慮にポンと叩かれる。
 少女がびくりとしながら振り返ると、ひょろ長い背をした黒肌の青年がそこにいた。

「来てくれ。明日の作戦について話す」

「触るな!」

 褐色肌の少女はアンドレイの手を弾く。

 黒肌の青年は困惑した様子で、
「すまない」
 と言う。

 褐色肌の少女は横目で黒肌の青年の様子を窺い、
「いや、俺の方こそすまない。気が立っていた。許してくれ。なんでもする」と返す。

「なんでもか……なら、こっちへ来てくれ。侵入経路を確認したい」

「……わかった」

 黒肌の青年は褐色肌の少女の返事を聞くやいなや、踵を返して元来た方へと足早に歩みだした。
 後に続く褐色肌の少女は、訝しげに黒肌の青年を見つめていた。

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