[RIDE THE LIGHTNING] Chapter10 – “The Hellion”

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 牢の隅に黒い髪の女がいた。

「あの男の言葉が気に入らないか」

「いや。そりゃあ、確かにムカつくけどさ、今が平和なときだったら、多分俺、アイツみたいなやつ、好きだと思うんだ……変な意味じゃないぞ」

「続けたまえ」

「偉そうなやつ……アイツの言うエゴってのが無い世界には、きっと個性がない。つまらない。アイツみたいに自分勝手なやつもいて、逆に馬鹿真面目なやつもいて、いろんなやつの勝手が合わさって、きっとそれが楽しいと思うんだ。そりゃみんなが好き勝手やって、平和が保たれるなんて、そんなの夢物語だと思うけどさ」

「ほう」

「……けど、それだけじゃない気がするんだ。これは俺が年頃の雌餓鬼だからそう思うだけなのかも知れないが、なんというか、その……この世界はどこか冷たいと思う」

「お前の友人は、お前に優しくないのか?」

「そんなことはない。悪いやつもいるが、優しいやつもいる」

「ならば冷たいとはなんだ?」

「分からない。俺がドラマチックな体験をしていないから、そういうものを羨ましく思っているだけなのかも」

「そうでないとしたら」

「俺自身が冷たいんだと思う。俺が心のどこかに冷たいものを持ってるから、みんなもそういうものを持っているんじゃないかと疑ってしまう……ただ、その冷たさがあの男の言うエゴで片付いてしまうものなら、それはやっぱり、俺一人の冷たさなんだ。俺が勝手に迷って、勝手に決着をつけるべきな、パーソナルな悩みに過ぎないんだよ」

「なるほど」

「……ハッ! お前、俺の心に土足で踏み入るやつ! 誰だよ!」

 マイケは喋りながらに俯いていた顔を上げて見ると、そこにいたのは女ではなく桃色の甲冑だった。

『私はRIDE THE LIGHTNING。人類の進化を促す者だ』

 そのように名乗る鎧兜――RIDE THE LIGHTNINGは、つい先刻までそこにいたと思われた女のそれとはまるで違う、中年の男のような声をしていた。

「進化、だと?」

『お前は、人類の革新を望むか?』

「俺にその手伝いをさせようというのか?」

『そうだ』

「どうして俺なんかに」

『お前が、一番この世界に疑問を抱いているからだ』

「……俺が? そうなのか……」

 RIDE THE LIGHTNINGは静かに頷いた。

『お前には、人類を導く救世主をやってもらいたい』

「俺が世界を変える?」

『そうだ』

「……今の俺には、世界をどうこうする覚悟だとか、人類を進化させる使命感、なんてものはない」

『そうか。では――』

「けど、この世界に歪みがあるというのなら、それを知りたい。何も知らずに、何も分からないままに、この牢の中でのうのうと過ごすのも、嫌だ。だから」

『だから?』

「お前を利用したい」

『フッ、ハッハッハ! よかろう。ならば私は、お前に私の存在ちからを寄越そう』

 RIDE THE LIGHTNINGのボディは光となって、マイケの身体に吸い込まれるよう消えていった。
 マイケは全身から柔らかい桃色の光を放ち、その瞳は緑色に輝いた。

「これは一体……」

『そのモーターブレスは――』

 マイケは頭に響くRIDE THE LIGHTNINGの声にそう言われて、自分の手首になにやら見慣れないものが巻き付いていることに気づく。

「ん、ああ」

『私と君が一心同体となった証』

「ロマンチスト、プレゼントのつもりか? まさか俺に声をかけたのも、女だからじゃないだろうな?」

『マシーンの私とて、そのぐらいの選り好みはする。野郎と一体になる趣味はない』

「……で?」

『スイッチを入れろ。それで私と代われる』

「進化のためか?」

『そうでもあるが、まずはここを出るためにそうする。この環境は、美容に悪かろう』

「俺がそんなことを気にする質だとでも?」

『いや。しかし私は気にする』

「そんなに俺を乙女にしたいかよ」

 マイケはブレスレットのトグルスイッチを入れた。

〔アイオワ州グライムス グレゴリオ暦2061年9月20日 08:42 p.m. -6〕

 牢の隅にいた女は、すらりと背が高く、さらさらとした長いマゼンタ色の髪をしていて、東洋系の顔立ちをしていた。

 女は続けて言う。

「あの男の言葉が気に入らないか」

「いや。そりゃあ、確かにムカつくけどさ、今が平和なときだったら、多分俺、アイツみたいなやつ、好きだと思うんだ……変な意味じゃないぞ」

「続けたまえ」

「偉そうなやつ……アイツの言うエゴってのが無い世界には、きっと個性がない。つまらない。アイツみたいに自分勝手なやつもいて、逆に馬鹿真面目なやつもいて、いろんなやつの勝手が合わさって、きっとそれが楽しいと思うんだ。そりゃみんなが好き勝手やって、平和が保たれるなんて、そんなの夢物語だと思うけどさ」

「ほう」

「……けど、それだけじゃない気がするんだ。これは俺が年頃の雌餓鬼だからそう思うだけなのかも知れないが、なんというか、その……この世界はどこか冷たいと思う」

「お前の友人は、お前に優しくないのか?」

「そんなことはない。悪いやつもいるが、優しいやつもいる」

「ならば冷たいとはなんだ?」

「分からない。俺がドラマチックな体験をしていないから、そういうものを羨ましく思っているだけなのかも」

「そうでないとしたら」

「俺自身が冷たいんだと思う。俺が心のどこかに冷たいものを持ってるから、みんなもそういうものを持っているんじゃないかと疑ってしまう……ただ、その冷たさがあの男の言うエゴで片付いてしまうものなら、それはやっぱり、俺一人の冷たさなんだ。俺が勝手に迷って、勝手に決着をつけるべきな、パーソナルな悩みに過ぎないんだよ」

「なるほど」

「……ハッ! お前、俺の心に土足で踏み入るやつ! 誰だよ!」

 少女が喋りながらに俯いていた顔を上げて見ると、そこにいたのは女ではなく桃色の甲冑だった。

『私はRIDE THE LIGHTNING。人類の進化を促す者だ』

 そのように名乗る鎧兜――RIDE THE LIGHTNINGは、つい先刻までそこにいたと思われた女のそれとはまるで違う、中年の男のような声をしていた。

「進化、だと?」

『お前は、人類の革新を望むか?』

「俺にその手伝いをさせようというのか?」

『そうだ』

「どうして俺なんかに」

『お前が、一番この世界に疑問を抱いているからだ』

「……俺が? そうなのか……」

 RIDE THE LIGHTNINGは静かに頷いた。

『お前には、人類を導く救世主をやってもらいたい』

「俺が世界を変える?」

『そうだ』

「……今の俺には、世界をどうこうする覚悟だとか、人類を進化させる使命感、なんてものはない」

『そうか。では――』

「けど、この世界に歪みがあるというのなら、それを知りたい。何も知らずに、何も分からないままに、この牢の中でのうのうと過ごすのも、嫌だ。だから」

『だから?』

「お前を利用したい」

『フッ、ハッハッハ! よかろう。ならば私は、お前に私の存在ちからを寄越そう』

 RIDE THE LIGHTNINGのボディは光となって、少女の身体に吸い込まれるよう消えていった。
 少女は全身から柔らかい桃色の光を放ち、その瞳は緑色に輝いた。

「これは一体……」

『そのモーターブレスは――』

 少女は頭に響くRIDE THE LIGHTNINGの声にそう言われて、自分の手首になにやら見慣れないものが巻き付いていることに気づく。

「ん、ああ」

『私と君が一心同体となった証』

「ロマンチスト、プレゼントのつもりか? まさか俺に声をかけたのも、女だからじゃないだろうな?」

『マシーンの私とて、そのぐらいの選り好みはする。野郎と一体になる趣味はない』

「……で?」

『スイッチを入れろ。それで私と代われる』

「進化のためか?」

『そうでもあるが、まずはここを出るためにそうする。この環境は、美容に悪かろう』

「俺がそんなことを気にする質だとでも?」

『いや。しかし私は気にする』

「そんなに俺を乙女にしたいかよ」

 少女はブレスレットのトグルスイッチを入れた。

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