[RIDE THE LIGHTNING] Chapter13

 インワーゲンの言に、アーノルドは目を細めた。

「ジャッジメントだと?」

「あれは、現存人類を文明ごと抹消し、新人類を創造するマシーンだ」

「人類を……」

「抹消する?」

 呆気にとられる軍人たちに構わず、インワーゲンは語る。

「現存人類が誕生するより遥か昔に、別の人類の文明があった。その文明は我々のそれを遥かに凌駕するものだったが――」

「ちょ、ちょっと待ってください」と、アーノルドは慌ててインワーゲンの言を遮る。

「なにか」

 話を遮られ、不機嫌そうにするインワーゲン。

「いえ、その、いきなりオカルト染みたことをおっしゃられても困ります。別の人類とはなんです」

 アーノルドの問いかけに、インワーゲンは少し考えた後、

「君らは、人類史に空白があることはご存じか?」と、逆に問うた。

 皆が顔を見合わせる中、デイヴが口を開く。

「ええ。確か、人類の文明はここ数千年の間に目まぐるしい発展を遂げたが、ホモサピエンスという種自体は何万年も前から存在している。ではなぜ、その間我々の文明は発達しなかったのか……といったような話でしたかな」

「その通りだ。で、実際のところ、その間人類は、延々狩猟採集で食いつないでいたわけではなかったのだ。文明を築き、そして滅ぶ。これを幾度となく繰り返していたのだ」

「その滅びと再生が、基地に現れたパワードスーツによるものだと」

「パワードスーツではない。自律するヒューマノイドだ」

 インワーゲンの訂正が聞き流されたのは、それが、他の者たちにとっては、まったくもってどうでもよいことであったためである。
 彼らの関心事は、ひとえに眼前の権威ある老人の言が戯言であると明らかにし、くだらない問答に終止符を打つことにあった。

「とても信じられませんな」

「しかし事実だ」

「ではそれが事実として、そうですな……なんだってその、過去の文明とやらの痕跡が見つからんのです。土を掘れば、所謂オーパーツというやつが出てくるはずでしょう」

「RIDE THE LIGHTNINGがその痕跡を消していたのだ」

「なんのために」

 通信士官の苛立ち混じりのその問いに、インワーゲンは淡々と答える。

「人類をより良く作り変えるためだ」

「先ほどもそのようなことを言っていましたね。新人類を生み出すだとか」と、デイヴ。

「つまり滅びは、新人類を生み出すために人為的に……いえ、そいつがマシーンであるなら、機械的にでしょうか。引き起こされていると」

「そうだ」と、インワーゲンは頷く。

「そして今、我々の文明もまた、滅ぼされようとしている……なぜそいつは、折角発達した文明を滅ぼすのです。人類をより良く作り替えることが目的なら――旧い文明を発達させる過程で育まれたモラルとか、制度とか、あとはもちろん科学や技術などだってそうです――なぜそういったものを役立てず、まるごと抹消してしまうのです」

 アーノルドは口ではそのように問いながら、同時に、自分はなぜ老人の妄言にこうも真面目に付き合ってやっているのだと心の中で自問した。
 が、それが己が文明を否定し、破滅を望んだという旧人類への無意識的な共感に由来するのではないかと思い当たると、即座に、その思考を打ち切った。

「RIDE THE LIGHTNINGを生み出した人類は、優れた文明を有していた。にもかかわらず、それらを総てかなぐり捨てて、人類の歴史をゼロからやり直す、リセットするという判断をした。つまり、よりよい人類を生み出すために、文明の遺物は不要と考えたのだろう。それがなぜか? と、私に問われても困る。私とて、世のため人のために科学し、文明を発達させることを是とする科学者だ」

「……まあ、分からなくもないですがね。かつての超大国アメリカも、今じゃこのザマだ」

 通信士官が溢した言葉を、アーノルドは咎めるように言う。

「私語は慎め」

「はあっ」通信士官はそう発し、背筋をただす。

「しかし、そんなことはどうでもよいのだ。問題は博士、あなたがどのようにしてそれを知ったのかということです」

 アーノルドがそう口にすると、その場にいたほとんどすべての者は、ようやくそこに切り込んでくれたかと安堵した。

「む」と、インワーゲン。

 アーノルドは続けて言う。

「人類を作り変えるだとか、文明を滅ぼすだとか、もし本当に、そいつにそういった性能があるならば脅威です。我々軍は早急に対処する必要があるでしょうし、そのためにあなたの情報は貴重だ。ですから、まずはあなたが持つ情報の信憑性を確認する必要があります」

「2年前、チベット近郊に強いタキオンの波動を観測した私は、そこに眠っていたRIDE THE LIGHTNINGに出会った。そしてそのボディに触れ……全てが分かられた」

「分かられた?」

 インワーゲンの回答は、皆が望んでいたものであった。
 マシーンのボディに触れて、それでその性能や目的が分かったなどというのは、オカルトだ。
 リアリティに乏しく、信憑性の欠片もない。
 これでこの権威ある老人の言を、異常者の戯言と堂々と切り捨てられる。茶番を終わらせられる。
 そう思った矢先――

「チベット……中国の南のあたりか」

 と、デイヴがインワーゲンの言に真面目にとりあってしまったことで、その場に妙な空気が流れた。

「計器は洞穴の中を指示していたが、足を踏み入れると同時にイカれてしまった。だが私という一個の人間の感性、それがセンサーの役割を果たした。あちこちで枝分かれした、迷路のような洞穴の中で迷わなかったのはそのためだ。そう、私はあれに――導かれた。魅せられたといってもいい。それで辿り着けた」

 インワーゲンはさらにオカルト染みた主張を展開したが、しかし、もはや誰も彼を嘲ることはできなかった。
 デイヴの階級は中佐で、アーノルドを除くその場の誰よりも偉かったためである。

 インワーゲンとデイヴに向けられていた冷ややかな視線が、次第にアーノルドの顔色を窺うものへと変わっていく。

 アーノルドも皆の期待に気づいていた。
 が、しかし、彼のように力のある人間には、相応の振る舞いというものがある。ノブレス・オブリージュというやつだ。
 そして、この場においてそれは、権威ある科学者と、その言に真摯に耳を傾ける部下をまとめて子馬鹿にすることではない。
 たとえ皆がそれを望んでいたとしても、一度そのようなことをすれば最後、部下たちはアーノルドの嘲笑を恐れて発言を躊躇うようになるだろう。

「……ほう?」と、当のデイヴすらインワーゲンの主張に困惑を露わにしたが、すでに後の祭りである。

「それで掘り起こして……どうしたのです?」

 アーノルドは、インワーゲンの満足いくまで語らせることにした。

「この国に持ち帰り、大統領と相談した後、とある場所に保管していた」

「大統領と?」

 士官たちは顔を見合わせる。

 当人の近親者ならば妄想のストーリーに組み込まれることはないなどという道理はない。
 彼が大統領の名を出したことは、その主張の真偽を判定する材料にはなり得ない。
 状況は先ほどから何も変わっていない……が、そうは言っても彼の発言は、皆を一層困惑させるに十分だった。

 アーノルドは、先ほどまでとは違う意味で(馬鹿らしくて聞いていられないというよりは、このまま問答を続けていては収拾がつかなくなってしまうという意味で)早々にこの話題を切り上げねばならないと悟った。

「なるほど。どうやらこの件は、我々の手に余るようですな」

「そうだ。残念だが、私の口から多くを語ることは許されていない」

「ええ、ですから博士」

「なんだね」

「今日はもう帰られて、大統領とお二人で協議なされては?」

 インワーゲンは一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、何かを察した様子で、

「無論そうする。しかし、人類を抹消するマシーンがまだこの街に居るかもしれんのだ。ゆめ、そのことを忘れぬよう」と言った。

「ええ。ご忠告、痛み入る」

 アーノルドがそう返すと、インワーゲンは一人司令室を後にした。
 扉が完全に閉じたのを確認すると、通信士官が問う。

「で、実際のところどう思います。今の話」

「博士に医者を勧めるか迷った」と、アーノルドは応えた。

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