[RIDE THE LIGHTNING] Chapter15
スラムの人々の多くは、1日の大半を携帯端末の画面を呆然と眺めて過ごす。
これは、体力の消耗を極力抑えて時間をつぶすためだ。
彼らの生活は盗んだ電気によって支えられているが、核融合発電が主流となった今日では、電力は非常に豊富である。
そのため、電力会社もスラム規模の盗電に神経質になることはない。
また、スラム地域への立ち入りは危険でコストがかかるため、電力会社や当局は対策よりも放置を選んでいる。
加えて、Aletheiaに囚われた有力者たち(なおも経済的・社会的重要度が高い)の邸宅の多くは街から離れた場所に存在しており、これら家庭への電力供給を止めるわけにもいかないため、結果としてスラムへの電力供給は続いている。
こうした事情から、スラムの人々は充電に不自由することなく、携帯端末の利用が出来ているというわけだ。
携帯端末の主要な利用方法のひとつとして、AIによる生成動画の視聴が挙げられる。
人間が「面白い」と感じるためには、その表現の巧みさよりも、馴染みのある人物や話題と言ったコンテクストが大きく作用することから、統合型生成AIによる生成物の一貫性を生かして、動画シリーズ内で多くのコンテクストを生み出すことに特化した動画が流行した。
中でも多数の疑似人格生成AIを用いたゲーム実況動画は根強い人気を誇る。
これは、マルチプレイ対応ゲームをプラットフォームとし、10~100程度の疑似人格生成AIがプレイヤーとしてゲーム内でチャットやプレイをするというものだ。
この形式の動画は、多数の疑似人格生成AI同士をゲーム内で交流させることで先述したようなコンテクストを生み出せるだけでなく、AIによるキャラクターの描画処理に比べて遥かに軽量なゲームの描画処理機能を活用するため、携帯端末でも容易に生成が可能であるという利点がある。
また、生成に用いる学習モデルがアレーテイア・クライシス以前のものであるため、現状の悲惨な社会情勢が反映されておらず、それゆえに生成された動画を通じて、かつての豊かだった時代を懐古し、現実の厳しさから目を背けられる点も、スラムにおけるい動画需要に適合した。
さらに、ゲームという非現実的な世界観そのものも、視聴者の現実逃避に大きく貢献していると言えるだろう。
そんな動画を腑抜けた顔で眺めながら、スラムの男たちは焚火を囲む。
〔アイオワ州シーダー・ラピッズ グレゴリオ暦2061年9月20日 09:26 p.m. -6〕
「なあ」
「ん?」
話しかけられた男たちは、おぼつかない手で動画の停止ボタンをタップする。
「中国が木星移民を始めたってよ」
核融合発電に用いられるヘリウム3はこれまで月で採掘されていたが、近年はその供給が限界に近付きつつあり、新たな採掘地として木星が注目されていた。
「よせよ、そういう話を聞くと辛くなる」
「ごめん」
「……木星って地面あるんだっけ?」
「当たり前だろ。星なんだから」
「そだっけか」
「ほれ」
一人の男が、携帯端末の画面を見せる。
そこには、宇宙服を着たキャラクターがJupiterと表記された球に立つゲーム画面が表示されていた。
男がゲーム画面をタップする度、キャラクターがぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「お前そんなんやってんの? 指疲れるだろ」
「うん。だから火星拠点のレベルが10になったらアンストする」
プレイ(=再生)が受動的な体験である動画と異なり、能動的なプレイ(=遊ぶ)が要求されるゲームにおいては、未だ既存のタイトルの中から選択し、それで遊ぶという方法が主流だ。
つまり、能動的に行為すること、選択することこそが体験の根幹にあるゲームのプレイヤーは、ゲームタイトルの選択においても自身の能動的な選択を欲求する傾向があり、動画のように携帯端末で自動生成したものをひたすらに甘受するスタイルは流行らなかったというわけだ。
「お前そう言って、この前の猫つなげるゲームも結構長いこと続けてたろ」
「あれはそんなに操作しないから。なんならまだ続けてる」
「いま何匹?」
「たしか……7兆」
「それ、どうなったらクリアなんだよ」
「いいだろ、クリアとかなくても」
しかし、プレイヤーに合わせて携帯端末が自動生成しないというだけで、世に出回っているゲームの99%超は、生成AIが開発の全工程を担ったフルAIゲームである。
さきほどゲームのプレイヤーの能動的な傾向があると述べたが、とはいえ、自身の望む理想のゲーム、その様態をこと細やかに言語化し、生成AIと根気強く対話を重ね、生成させるほどの能力・気概のある者はごく稀で、大半は遊びたいゲームに対して、漠然としたイメージしか持ち合わせていない。
ゆえに、その漠然としたイメージ(牧場を経営するシミュレーションゲームで遊びたいなど)をアシスタントAIに伝え、その要望をもとに、アシスタントAIが既存のゲームタイトルに検索をかけ、提示された十数のタイトルの中から選択するというのがトレンドである。
ある意味でゲームを選択するという体験を携帯端末が生成、提供しているのであって、そういう意味では今日の生成動画視聴者とゲームプレイヤーの間には大きな差はないとも言える。
「それもそうか。てかそれ、どこ製?」
「宇宙開拓のほう?」
「いや、猫の方」
「えっと……あ、日本」
ちなみに、彼が確認した”Made In Japan”のクレジットはゲーム生成AIが学習したゲームを模倣して印字したものでしかなく、実際は、どこかの誰かがコンピューターで乱生成したフルAIゲームの一つ(の生成プロンプトを取得し、オフライン生成したもの)でしかない。
そして、そのような生成ゲームの氾濫によって、ゲームソフトウェアの市場価値は暴落し、ゲーム産業は衰退の人をたどったという歴史がある。
「ああ、あそこか。半世紀前のキャラクター擦り続けてる国」
「今はどっちかっていうと性産業だろ? ほら、金持ち向けのセクサロイドとか」
「あー。あれか。ルックスは良いけど、自立しねぇし、頭も良くないってやつ」
「けどあれヤバいらしいよな。一度使うとリアルの女抱けなくなるんだろ?」
「Aletheiaと大差ねぇな」
「まったくな」
「ん、なんだあれ」
男たちの一人が指をさした先には――