[RIDE THE LIGHTNING] Chapter16

  • 完全版
  • 通常版

〔アイオワ州シーダー・ラピッズ グレゴリオ暦2061年9月20日 09:31 p.m. -6〕

「な、なんだ……?」

「保障なくして、納税があるものか!」

「徴税人は帰れ! 格好ばかりつけてきたって我々は応じないということを……分かれよ!」

「そうだ! なんたって納めるものがない!」

 突如スラムに現れたRIDE THE LIGHTNINGの周囲に、人々がわらわらと集まってくる。

『ハッハッハ。私は軍の犬ではない』と、RIDE THE LIGHTNING

「おちゃらけるんじゃないよ。だったら、アンタはなんなんだ」

 老婆シンディが問うた。
 RIDE THE LIGHTNINGは答える。

『私は人類を理想郷へ導く者だ』

「……ガリア様?」

 フランチェスカが言う。

『ガリアとはなにか』RIDE THE LIGHTNINGは問う。

「その子が信じてる、神様だよ」シンディが言う。

『神、か。私は神ではないが……似たようなものだ』

「じゃあガリア様じゃないのか。残念だったな、フラン」

 高年の男ダグラスがフランチェスカを茶化すようにして言う。

「いいえ」

 しかし、フランチェスカは静かに首を横に振る。

「なにぃ?」と、ダグラス。

「ガリア様は厳密には神様ではないの。そして、ガリア様は人間を天国へと導く存在!」

 フランチェスカは興奮気味に言う。

「訳が分からん」

『私はRIDE THE LIGHTNING。ガリアなどではない』と、RIDE THE LIGHTNING。

「ガリア様には決して口にしてはならない真名があると聞きます」

『それが私と同じ名なのか?』

「いいえ。真名は誰も口にしなかったので、伝承は途絶え、今では誰も知りません」

「なんだそら」 シンディは吐き捨てるように言う。

「しかし、その御業は語り継がれています」と、フランチェスカ。

『それはなんだ?』

 RIDE THE LIGHTNINGに、フランチェスカが答える。

「スパーキングサンシャイン」

『私だ』と、RIDE THE LIGHTNING。

「やっぱり! ガリア様」

『私はRIDE THE LIGHTNINGだと言っている』

「しかし、真名で呼ぶことは教義に反します」

『ならばガリアと呼ぶがよい』

「はい!」

「……で、本当のところはなんなんだい?」

 ダグラスは呆れたような調子で聞く。

『RIDE THE LIGHTNINGだ』RIDE THE LIGHTNINGは答える。

「歩く電気椅子だとでも言うのか……?」シンディは首をかしげる。

『それだけ刺激的だということだ。私は聖書の神のようにもったいぶることはしない。証明が欲しいのだろう。望みを言え。大抵のことなら叶えられる』

 RIDE THE LIGHTNINGがそう言い放つと、群衆はざわめきだした。

「じゃあ金だ!」

「そうだ、金を出せ! ありったけの!」

 人々は次々に言う。

「あなた達、ガリア様になんてことを……」

 フランチェスカは人々を虫けらを見るような目で見る。

『私は融通がきく。お前たちが金を欲する事情はよく分かっているつもりだ……マイケ。金はどうすれば手に入る?』

「マイケ? マイケがいるのか⁉」

 ダグラスたちは慌てて周囲を見渡す。
 しかし、マイケの姿はどこにもない。

『マイケは私の依代となってくれた』

「依代? どういうことだ」と、フランチェスカが呟く。

 フランチェスカの独り言を聞き留めたRIDE THE LIGHTNINGは言う。

『ヘッヘッヘ、心配することはない。彼女は健在だ。ただ、私とマイケはひとつの身体を共有していて、今は私の方が表に出ているに過ぎない……ほう。盗み、か』

「ガリア様が盗みをなさるのですか?」フランチェスカは、今度は独り言でなくはっきりと問う。

『ガリアの教えは閲覧した。盗みの罪に関する教え……しかし、私はガリアだ。であれば、これから私が成すのは、資産の再分配だ。狡い真似はせん』

 フランチェスカは考え込む。

 目の前の喋る甲冑は、確かに異質な存在だ。
 それが、教えにある御業を、自らのものと認めた。
 その発言と教義とを鵜呑みにするなら、この甲冑こそがガリアに相違ない。

 フランチェスカの信仰を利用して、自分たちを騙そうとしているとも考えずらい。
 なにせガリアの教えの信仰者はこのキャンプで彼女一人であるし、そうでなくとも、大勢の信頼を得るために神を騙るというのはあまり頭のいい方法とは言えない。会話の流れにしても、あの甲冑が自分からガリアを名乗ったわけではなく、フランチェスカに説得される形で認めた形だ。

 おそらく、この甲冑に嘘をついているつもりはない。
 ただ、フランチェスカの早合点とその説得によって、自身がガリアであると誤解してしまった可能性がある。
 というのも、フランチェスカには先刻の依り代に関する甲冑の発言がどうも腑に落ちないのだ。

 ガリアの教えには依り代に近しい概念として驚嘆タウマゼインがある。
 驚嘆タウマゼインは、知を極めし者とガリア――すなわちこの世全てを貫く超越的な知との合一を意味する。
 これは人間にとってはガリアの領域=天国へと上昇アセンションすることであるが、超越者たるガリアの側からすれば人間の肉体に宿ること、受肉インカーネーションに等しい。
 驚嘆タウマゼインの後者の意味合いに沿って考えれば、ガリアが宿る人間の身体を指して依り代と言い表すことに違和感はない。
 しかしその身体が、よりにもよってあの(インテリジェンスに欠ける)マイケだというのがどうにも解せない。

 さらに言えば、受肉インカーネーションしたガリアが愚民のために資産の再配分などという温情を与えんとするというのも違和感がある。
 もっともこれについては、明確にどの教えに反しているというわけではなく、あくまでも彼女がガリアに対して抱く漠然としたイメージと合致しないというだけなのであるが、眼前の甲冑の言い分は、人々の努力を賛美し、闘争を煽るガリアのそれよりは、むしろ、ルサンチマンを抱く弱者に寄り添ったものに聞こえ、らしくないと感じる。
 不愉快ですらある。

 フランチェスカが思いつめた様子を目の当たりにして、彼女が何を気にしているのか気になったRIDE THE LIGHTNINGは、マイケの認識を参照した。
 フランチェスカを、マイケの盗みの罪を気にかけ、その罪を自身の祈りによって洗い流さんとする情に厚い少女であると誤解するその認識を。
 その認識をもとに、フランチェスカの思考を推察し、かけるべき言葉を組み立て、そして発する。

『大丈夫だ。お前の祈りは聞き届けられた。天国の鍵は、すでにマイケの手の内にある』

「は?」フランチェスカは眉にしわを寄せた。

『……では、私は行く』

「どこへ?」ダグラスが尋ねる。

『金が欲しいのだろう?』

error:
タイトルとURLをコピーしました