[RIDE THE LIGHTNING] Chapter17

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「なあ」

 スラムの中心から少し離れた路地裏で、マイケはRIDE THE LIGHTNINGに呼びかける。

〔アイオワ州シーダー・ラピッズ グレゴリオ暦2061年9月20日 09:48 p.m. -6〕

『む。起きていたか』

「そうとも言う。なんで村の為をやる」

『いけないか?』

「いや。そんなことはないが……なんというか、優しいんだなって思ってさ」

『…………私は、人類を導くマシーン・・・・として貧民の感情に関心がある』

「お前が俺たちを生み出したんだろ? 目新しいこともないだろうに」

『そうでもない。これを見ろ』

 RIDE THE LIGHTNINGがマイケと共有していた視界の表示が切り替わる。
 廃ビルを透過してその奥に映る人々のシルエットは、その全身、特に頭のあたりになにやら柔らかい光を纏っているように見える。

「これなんだ?」

『人の心の働きを可視化したものだ』

「よく分からない」

『ああ。私が人間を設計するとき、私のコンピュータは、パラメータを数値で設定する。その仕方はデジタルで、きっちりとしたものだ。しかし、そういう仕方で設計された人間であっても、その内に生ずる心は、このように曖昧で、ぼやけている。お前たちは自分たちの感情を、しばし複雑と形容するが、しかし、では難解な数学の問題のように、根気強く解きほぐしていけばシンプルな要素に分解できるかと言えばそういうものでもない。私は理想的な人類を創造するよう命じられているが、そのように命じた者にとっての理想も、私が生み出した一人一人にとっての幸福も、なにか明瞭な本質や定義があるわけではなく、このように曖昧で、カオスな心から生起したものを、漠然と指し示すものに過ぎないのだ』

「それもそうか……けれどお前は、そのとりとめのなさを、とりとめのないままに考えようとしている。立派なモンだ」

『……ありがとう。そう言ってくれると嬉しい』

「嬉しいという気持ちはわかるのか」

『もちろん厳密な仕方で、機械的に解析できているということはない。しかし私には人造の霊魂のようなものが備えられている。ゆえに、お前たちが嬉しいという言葉の意味が分かる程度にはわかる・・・つもりだ。そうでなければ、お前はただの鉄くずに語り掛けていることになる。それに……』

「それに?」

『お前達人間は皆、ある意味、私の子供のようなものだ。そういうものに褒められれば、私の母性がくすぐられてこそばゆい気持ちになる』

「母性……? お、お前……女だったのか⁉」

『気づかなかったのか?』

「だって、お前は男の声をしている……」

『声に性の別があるのか?』

「逆に気づかなんだか!」

『そういう風に考えたことはなかった』

「お前………」

『しかし、知ってしまうと意識してしまうものだな。どれ。女の声というものを出してみるか……』

 数秒後、RIDE THE LIGHTNINGは、

『こうか?』

 と発話してみせた。
 その声は、マイケの声そのものだった。

「気色の悪い声。他のにしたほうがいい」

『お前は、自分の有様を見せられると、気恥ずかしくなって、そういう風に言う癖があるのだな。あの男のときもそうだった』

「なっ――!」

『気にしていない素振りをすれば、面白くなくなって、おちょくるのをやめてくれるものだと思っているのかもしれないが、あの写真、まだ消去されてはいないぞ?』

「アイツ……!」

『しかし、私もお前の機嫌を損ねるのは本望ではない。教えてくれ。女の声とはどんなだ?』

「はあ? 女の声ってのは、高いんだ」

『そうなのか? ……これでどうか』

 RIDE THE LIGHTNINGが出したその声は、ただ闇雲にピッチを上げただけの声だった。
 テレビ番組に登場する匿名の証言者のような声だった。

「なにか変だ……その、そこまで高くしなくてもいいけど、代わりに、その声の引っ掛かりというか、淀みを取るんだ」

『こうか?』

「うーん、なんだこの不愉快さは……あ、そうだ。お前、俺と初めて会った時、女の姿をしていただろう。あの時の声は自然だった」

『女の身体に擬態していたからな。声帯が女のものなら、女の声が出るというものか。どれ、少し待て。あの声をサンプリングするには時間が……これでどうか』

「そうそう。あっ、それ、フランの前ではやるなよ? 混乱するから」 

『心得た』RIDE THE LIGHTNINGはもとの男声で言った。

「しかし、キツイことを言うようだが、俺には自分たちが優れた人類だとか、今の世界が理想郷だとかいうふうにはとてもじゃないが思えんのだが……改良してこれということは、お前を作ったっていう自然そのままに生まれた人類ってのは、いったいどれだけ酷かったんだ?」

『それについて言うなら、本当に申し訳ないのだが、かつての人類は今の君たちとそれほど大差はないのだ』

「そうなのか?」

『私は、私を生み出した者に新人類を生み出す上でいくらかの制約を与えられている。例えば――当然ながら私とて、個々人が出来る限り幸福に生きられるようにしてやりたいし、それは私を生み出した者が示した人類種の優劣の指標にも含まれているわけだが――その幸福を実現するための手段として、セックスやドラッグ、酒などに頼ってはならないというものがある』

「……全部今の世界にあるものじゃないか?」

『人々がそれらを一切使わないようにせねばならないというわけではないのだ。ただ、生み出した人類がどれだけ幸福であるのか、その点でどれだけ優れているかを判定する際に、そういうものによる快楽は排除せねばならん』

「どれだけそいつらがハッピーでも、しゃぶ漬けでキマッってるだけだったらノーカンってことか」

『そうだ』

「そう言われると、うん。よくわかる話だ。しかし、それでどう困るんだ?」

『今示したのは、私に与えられた制約の一例だ。だが、どうだろう。たとえば私が、脳内で絶えず快楽物質を生成する人類を生み出したならば、それはドラッグにも酒にも頼らず、幸福を実現していることにはならないだろうか』

「ドーパミンがドバドバってことか。確かにそうだな」

『しかし、人が快楽を感じないようにするわけにもいかない。人間は幸福と快楽とを、高尚なものと下劣なものとに区別したがるが、それらは本質的には同じものだからだ。ただ、その原因が異なるに過ぎない』

「原因? ああ、セックスだのドラッグだののことか……けど、四六時中気持ちよくなるのもダメってのは?」

『それは原因、理由もなく快楽を感じている状態と換言できよう』

「そっか。善くないことが原因で気持ちよくなるのも良くないけど、なんでもないのに気持ちよくなるのも良くないんだ。でも、それ以外でなら幸せになっていいんだろ?」

『そうだ。しかし、ということはつまり、誰しもが幸福に生きられるようにするためには、誰しもが幸福を感じる真っ当な理由を、機会を獲得できるようにせなばならないということになる。これが難しい』

「それってそんなに難しいか? たとえば……ほら、ゲームってあるだろ。俺はそんなに好きじゃないけど、ゲームをめちゃくちゃ楽しく感じる人類を創造して、そいつらにずっとゲームさせてやればいいんじゃないのか? クリアしたり、ゲームオーバーになったり、あとなんか……なんだ? 宝箱とか見つけたら嬉しいんだろ? ……とにかく、嬉しかったり悔しかったりするけど、最終的にはプラマイプラスになるようにできてるのがよくできた娯楽ってもんなら、それでお前のいう、何かしらの理由があってはじめて幸せを感じるっていう人間らしさと、みんなが幸せになれる状態とが両立できるんじゃないか?」

『ではお前は、人類すべてが寝ている間と食べている間以外は四六時中ゲームしている様を前にして、それを理想郷だと思えるか?』

「まあ、確かに絵面はちょっと気持ち悪いかもしれないけど……当人たちが幸せならそれでいいんじゃないのか?」

『ならばシャブ漬けであっても当人たちが幸せなら構わんのではないか?』

「じゃあ、ゲームもドラッグと同じと?」

『私を生み出した者は、真っ当な幸福を”健全な理性と感性でもって協調し、充実した知的高度な生”を営む中で感覚できるものと定めた』

「んあ?」

『人間らしいものを考える力と、豊かな感情とを保ちつつ、他者とともに生きる。そうした中で感じられる喜びを幸福としたのだ。この理屈に照らせば、他者から離れてゲームにのめり込むことは不健全ということになろう』

「ああ。いや、お前を造った……生んだ人の理屈は俺も分かるよ。犬より猿より賢くて、笑ったり泣いたり怒ったりするのが人間だと思うし、いくら独りぼっちでいるのも自由だと言ったって、ずっと独りでいるのは悲しいことだし、他人と一緒に笑いあうことが美しいことだってのも、よくわかるつもりだ。けど、俺やお前の生みの親の感じ方って、そんなに真っ当なものなのか? そりゃあ俺だってシャブ漬けの人類を理想とは呼びたくないけれど、そういう嫌悪感を押し付けて、そいつらが感じてる幸せを否定してしまえるほど正当なものなのか? ただのエゴじゃないか? って思うよ」

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