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アーノルドは、基地を出てすぐのところに構えた自宅の前まで来ると、ポストの奥に手を突っ込んで念入りに確認した。
見上げると、家の灯りが消えている。
いるのは息子のジョン一人。
もう寝ていてもおかしくない時間だ。
〔アイオワ州グライムス グレゴリオ暦2061年9月20日 10:36 p.m. -6〕
深い溜息をつき、玄関までトボトボと歩く。
玄関の前でポケットをまさぐり、鍵を取り出す。
鍵穴に鍵を――
と、ドアが独りでに開く。
アーノルドは咄嗟に後ずさる。
ドアを開けたのは――ジョンだった。
「ただいま、ジョン」
アーノルドは強張った肩の力を抜き、ジョンに微笑みかける。
細めた目の向こうに映る幼い顔は真剣な表情をしていた。
「パパ」
「ん、どうした?」
アーノルドはわざとらしく目をぱちくりさせる。
「ママは?」
アーノルドは硬直した。
少しして、アーノルドはしゃがんで息子と目の高さを合わせると、ジッとその水晶玉のような目を見つめて言う。
「あのな、ジョン。ママはもういないんだ」
「死んだの?」
「……そうだ。ママは、死んだ」
アーノルドはジョンの肩にそっと手を乗せた。
ジョンはそれを払いのける。
「嘘だ! だったらどうしてお葬式をしないの!」
アーノルドは、ジョンに弾かれた自らの手を見つめたまま、
「地雷を踏んでドッカンだ。遺体が残っていない。前にも言ったろう」
と言う。
ジョンは一層眉にしわを寄せて言う。
「遺体がなくても、葬儀はある!」
アーノルドは目を見開いて少年の顔を見た。
「なっ……どこで聞いた」
「調べた」
「そうか……なあジョン。もしも、もしもママが、俺たちの知るママじゃなくなっていたとしても、会いたいか?」
「それはママなの? それとも、違う人?」
「そいつは……お前を産んで、俺達と三人で十月前まで一緒に暮らしていた人だ」
「だったらそれはママだよ!」
「会いたいか?」
「もちろん!」
アーノルドは俯いて、
「そうか……分かった。今度、ママに会いに行こう」