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〔アイオワ州シーダー・ラピッズ グレゴリオ暦2061年9月21日 18:21 p.m. -6〕
マイケがRIDE THE LIGHTNINGに導かれてやってきたのは、古びた廃倉庫であった。
「あそこか」
その時、倉庫の中で銃声が4度鳴った。
最悪の状況を予感したマイケは、急いで倉庫に駆け込む。
中に入ると、そこには、首から大量出血してこと切れている男の死体、小規模な爆発(手榴弾の信管が傍に転がっているので、恐らくそれによるものだろう)の跡と、それに巻き込まれたのだろう下半身と、男の右半身、そして――うつ伏せになり、顔を上げたフランチェスカの姿があった。
マイケには初め、フランチェスカが笑っているように見えたが、よく見るとそう見えたのは、彼女の口の周りにべったりとついた血による錯覚であったことに気づく。
そしてさらに、フランチェスカの両手が千切れてなくなっていること、彼女の服の背のあたりで2つの赤い円がじわじわと広がっていることに気づく。
それら円の中心に目をやると、服が虫食いのようになっている。
そこでようやく、マイケは、フランチェスカが撃たれたことに合点がいった。
誰が? と、疑問に思ったとき、マイケはようやく、フランチェスカの頭のすぐ傍に立ち尽くし、血の気の引いた顔で、弾を撃ち尽くした拳銃のトリガーを繰り返し引く男の存在に気づいた。
男もまた、マイケに気づく。
「え」
立ち尽くすマイケの背後から小さな何かが飛翔し、フランチェスカの頭の上にとまった。
よく見るとそれは、背面に人の顔のような模様のある蛾であった。
マイケはそれが、クロメンガタスズメと呼ばれる蛾であることを知っていた。
マイケは、幼い日に、母とともに蝶の図鑑を眺めていた時のことを思い出した。
母はいつも、このクロメンガタスズメの頁だけをさっさと捲ってしまうのだった。
しかしマイケは、図鑑に載っている蝶の中でクロメンガタスズメが一番好きだった。
「ち、違……俺のせいじゃ……」
男の弱弱しい声が、思い出に浸っていたマイケを現実に引き戻した。
そしてマイケは、自身が今、フランチェスカの死に驚き、悲しみ、そして、目の前の見知らぬ男に逆上せねばならない状況に置かれていることに気づいた。
同時に、そうであるにもかかわらず、虫に気を取られていた自分の薄情さに幻滅した。
「う、うう……っ! この野郎!」
そう口にしてみてようやく、段々と怒りの情念が湧いてくる。
サラサラとした美しい金色の髪、美しく澄んだ目、いぢらしい口元、小さな鼻、白く綺麗な肌……人形のように愛らしい彼女の身体を傷つけ、血で穢し、もう動かなくしてしまった。
そのような大罪を犯した眼前の男を絶対に許してはならない。
そのように今、確実に感じている。
「違うんだ……これは、違うんだ……」
『マイケ、どうする』RIDE THE LIGHTNINGの声。
「ブチのめす」
マイケはモーターブレスのスイッチを荒っぽく入れる。
身体が紅く光り、RIDE THE LIGHTNINGへと変態する。
RIDE THE LIGHTNINGは一歩、また一歩と男に向かって確実に歩みを進めていく。
男は、RIDE THE LIGHTNINGの姿を見止めると、引きつった笑みを浮かべて言う。
「出たぞ、出たぞぉ!」
男は後ずさりつつ、床に転がっていたスイッチを拾い上げ、押す。
と、倉庫内が一瞬、まばゆい光で満たされ、耳を突き刺すような高周波音が鳴り響く。
男のポケットから白煙が上がる。
「あっ、しまっ……うわっ!」
男は慌ててポケットから携帯端末を取り出し、床に投げ捨てる。
「ど、どうだ!」
男はRIDE THE LIGHTNINGの方を見る。
立ち尽くすRIDE THE LIGHTNING。
「へっ、へへっ……お前が悪いんだ。お前がそんなもんに頼るから!」と、男が叫ぶ。
『なんなんだ今のは』と、マイケ。
「オーパーツだかなんだか知らないが、要は機械なんだろ。だったら……」
『EMP攻撃というやつだ』と、RIDE THE LIGHTNING。
「その声……効いてないのか?」
RIDE THE LIGHTNINGは一歩歩みを進めて見せる。
「ヒィッ!」情けない声を漏らす男。
『おい、RIDE THE LIGHTNING』と、マイケの高圧的な声。
『なんだ?』と、RIDE THE LIGHTNING。
『お前のスパーキングサンシャインは、人を進化させる光だろ』
『どういうつもりか』
『コイツを俺が言うように進化させてやれ』
『それは……』
『出来るだろ?』
『……わかる』
『味覚を奪え。次に嗅覚、視覚、そして触覚。あと痛覚だ』
RIDE THE LIGHTNINGの臀部の装甲が一部展開する。
と、男は全身の力が抜けたようにその場に倒れ込む。
男は、茫然とした表情を浮かべながら、何かを呟いているようだった。
しかし、その声は震えと混乱でかすれ、言葉として判別できない。
やがて、男は手を動かそうとするが、指先が動いているかどうかすら分からないらしく、恐怖の表情を浮かべた。
RIDE THE LIGHTNINGは、その場に転がっていた鉄パイプを拾い上げると、男の腹部に勢いよく突き刺す。
『聞こえるか? どうだ。純粋な、命を失う感覚。お前が価値ある命なら、どんな痛みよりも辛いはずだ。おい、なんとか言えよ……おい……』
マイケの意思でぐりぐりと鉄パイプを動かすRIDE THE LIGHTNINGのボディからは、時たま噴き出すように笑うマイケの声が漏れ出ていた。
『マイケ、彼はもう』と、RIDE THE LIGHTNING。
『そうか』と、マイケ。
『どうしてこんなことをしたんだ? お前の痛みは私なりによくわかるつもりだ。しかし、これでは仕返しになっているのかもよく分からない』
『分からない。ただ、こうしてやりたかった』
『そうか。マイケ、大丈夫か? ああ、いや……』
『大丈夫だ。フランの唇は美味しかった』
『……帰ろう、マイケ。彼らとエグゾダスしなければ』
『そうだな。行こう』
マイケたちは去り際に、上から吊るされ、血で汚れた二つの手かせの下に、少女の手が転がっているのを見止めた。