[RIDE THE LIGHTNING] Chapter27

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 国際空港の滑走路に駐機するボーイング797の機内は、雨上がりの湿気でかすかに蒸し、スラムの住民たちのざわめきが響いていた。
 この空港は基地周囲に形成された街の外にあるが、2061年現在においても、グライムスの街と他の都市とを繋ぐ主要な要衝として運用されており、そのため普段であれば、基地から派遣された軍人によって厳重に警備されている。
 しかし、この日に限っては大統領命令に従って軍関係者の退避が行われており、空港はもぬけの殻となっていたのだ。
 それゆえ、彼らは何事もなく滑走路にまで到達できたし、ターミナルの売店(アレーテイア・クライシス以前に比べて規模はかなり縮小しているが)を物色する余裕だってあった。

「機内食はぁ? ねぇのかぁ?」

 ダグラスは、酒を飲んだわけでもないのに、やたら興奮した様子で叫ぶ。

「あるぜぇ、ここにたんまりとなぁ」

 スチュワーデスの制服(おそらく記念グッズとして売られていたもの)を冗談で着込んだシンディが、ミールカートをガタガタと押して現れる。

「おいおい、そういうんは若いねーちゃんが着るもんだろぉ? なぁ?」

 ダグラスは、通路を挟んで隣の席のやつれた顔をした若い女性を見つめていった。
 女性は戸惑った顔をした。
 女性が連れていた子供が、その顔をじっと覗き込んだ。

「着てこいってぇ」

「あ、ええと……」

 女性は顔色を窺うように、上目遣いでシンディの方を見た。

「なんだい、ノリが悪いねぇ」

「……分かりました、着替えてきます」

 女性は席を立ち、トボトボと歩いて行った。

「服はハンガーに掛かってるよ!」

 シンディが言うと、女性は軽く会釈した。

「さぁて、どれにしようかな~?」

 ダグラスは席を立ち、カートを上から覗き込んだ。

「よぉしこれだぁ!」

 そして、白い紙の箱を取り上げる。

「よぉく見てみな」と、シンディ。

「ん?」

 ダグラスはそう言われて箱を開けてみる。

「ああっ!」

 箱の中身は緑色のカレーだった。

「こ、これは……」

「たぶんほったらかされている間にカビたんだろう」

「なんでそんなもん温めた」

「お前に意地悪をしてやろうと思ってな」

「このババア……て、それならどうして食わせる前にそれ言う?」

「それは、その……」

『それはカビではないぞ」

「へ?」

 二人が振り返ると、RIDE THE LIGHTNINGがそこにいた。

『ベジタブルカレーだ。だから緑色をしている』

「え、そうなのか?」

『なにをどうしたら密閉容器に入ったインスタントのカレーがカビるのか』

「それもそうか」

「ふん。まあ、ともかくこいつは食えるってこったな! いっただっき――」

 そのとき、後部扉からシャイニングが勢いよく入ってきた。

「逃げろ! 核が飛んでくるぞ!」

「なに、核だと?」ダグラスがスプーンを落とし、顔を歪める。

「そうだ。そこの鎧兜を吹き飛ばすために核が発射される」シャイニングが息を切らす。

「……だとしても、逃げるというなら飛行機の方が速いはずだ」

『いや』RIDE THE LIGHTNINGが言う。

「なに?」

『曹長、なぜここまで来られた?』

「走った」

『いや、追手がいたはずだ。それが撤収した。なぜか?』

「すでに発射されたというのか!」

 RIDE THE LIGHTNINGはシャイニングが侵入した後部扉の方へと歩みを進める。

「なんのつもりだ?」と、シンディが問う。

『逃げる。ここで私たちがやられるわけにはいかない』

「俺たちを見捨てるのか?」

『頭のいいミサイルなら、私を追うだろう。これしか手はない』

「囮をやってくれるってのか。そうか」

「けど……」

『ああ』RIDE THE LIGHTNINGが言った。

「今度はなんだ?」

「すまない、君らとはここまでのようだ」

「え、それってどういう」

「B83なら……ここに落とされる核爆弾は、自由落下式なんだ。ターゲットを追尾する性能は、ないんだ……」

 シャイニングは息を整えながら、内心で確信を深めていた
 マイケの脱走後、士官らがRIDE THE LIGHTNINGのジャミング性能を考慮し、誘導兵器は無力と結論づけたこと、アーノルドらの話にあった立入禁止区域とB83投下シミュレーションの一致から、ここに落ちるのは自由落下式の核爆弾――おそらくB83だろうと。

 ……それと同時に、シャイニングの内に一つの疑念が浮かんだ。
 RIDE THE LIGHTNINGは、先刻そうした爆弾の性質を見抜いたような反応をしていた。

 数万フィートの高度をとる爆撃機、それが搭載する爆弾の種類をどうやって知ったのか?
 電子的な手段で、政府や軍のネットワークにアクセスしたと考えるのが妥当だろう。
 しかし、インワーゲンが語った壮大な話を思い起こすと、現代のそれを凌駕する超高性能のセンサーによって遥か彼方の爆撃機の内部をスキャンしただとか、シャイニングの思考を読んだだとかいう可能性も出てくる。

 そこまで考えたところでシャイニングは、それはいくらなんでも考えすぎだろうと思索を中断した。

 もっとも実際のところ、RIDE THE LIGHTNINGはそれらすべてを同時に成していたのであるが……

『では失礼する。行くぞ、マイケ』

 RIDE THE LIGHTNINGは飛び去った。

「あ……ああ……」

 膝から崩れ落ちるダグラス。

「アハハハハハハ! アハハハハ! 達者でなぁ、マイケェ! ハハハ! アハハハハ!」

 独りでに笑い出すシンディ。

「そんな……」

 放心するシャイニング。
 その胸倉を壮年の男が掴む。

「よくも! よくもお前!」

 さらに二、三人の男どもが座席を立ち、シャイニングに詰め寄る。

「お前ら軍がしたことだろ!」

「どうしろってんだ!」

「責任取れって!」

「ははっ、おしまいだ……」シャイニングは引きつった笑みを浮かべる。

「嬉しいのかよォ!」

 絶望し、涙を流すシャイニングを男が殴り倒す。
 起き上がらない、抵抗しないシャイニングを、男どもは寄ってたかってたこ殴りにする。
 そんな彼らの顔もまた、怒りと悲しみで歪んでいた。
 さらにその様子に恐怖した子どもらまでもが泣き喚く。
 大人たちもすすり泣く。
 ダグラスはブツブツという。

「きっと、なにかの間違いだ……そうだ、あんな派手な色した神様なんているわけねえじゃねぇか。俺たちゃずっと夢見てたんだ。だからきっと、またあの汚ねぇテントで目覚めて、隣でババアが眠っていて……」

 シンディは笑い続けていた。
 ダグラスには次第にその笑い声が耳障りに思えてきて、ついに我慢できなくなった。

「うるせぇえええええええええええ!」

 ダグラスはシンディを押し倒し、またがり、思い切り殴りつける。
 左右のこぶしで、何度も、何度も。

「あああああああ! うるさいうるさいうるさいうるさい! うるさいよぉ!」

 しかし、それでもシンディは笑うのを止めなかった。
 休憩室から飛び出した下着姿の女性は、奇声を上げて扉から身を投げた。

 飛行するRIDE THE LIGHTNINGの内で、マイケが意識を取り戻した。

『えっ……飛んでる……』

『よく聞けマイケ。核が投下された。だからこうして逃げている』と、RIDE THE LIGHTNING。

『そうなのか……おい、アイツらは!』

『我々がやられるわけにはいかない』

『……そうだ。軍属の男がやってきて、ハッ! おい、引き返すんだよ! 今ならまだ間に合う!』

『無理だ。どうしようもない』

『あっ……ああっ……お願いだ、引き返してくれ……ここでまた誰かを助けられなかったら、見捨ててしまったら、俺は。俺は!』

『諦めろ』

 旅客機のコックピットに男が足を踏み入れた。
 男は座席の上に転がっていた飛行帽を手に取ると、それをかぶり、つばをキュッと前に回す。

「僕は飛行機のパイロット! ひろーいお空をひとっとびさ!」

 操縦席に腰を下ろすと、男の周囲でスイッチ類がひとりでに入り切りを繰り返すかのように動いた。
 まるで見えない手が操っているかのようだったが、男はまったく気に留めない。
 やがてエンジンが低い唸り声を立て、何かが起動を完了したようだった。

「アクセル全開! ブブンブーン!」

 男はコックピット中央のスラストレバーを前方に勢いよくに押し込み、正面に突き出た操縦輪を両手で握ると、左右に激しく回し、足を乱暴に動かす。

「うー! うー!」

 機体が加速し、滑走路上を不規則に蛇行。
 左に傾いた機体が地面に翼を打ち付け、金属の軋む音と共に横転。機体は爆発し、炎が広がった。

 そしてその数秒後、核爆弾が炸裂した。

〔アイオワ州グライムス グレゴリオ暦2061年9月22日 10:30 a.m. -6〕

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