[RIDE THE LIGHTNING] Chapter37

 ワシントンの病院を覆っていた鉛色の空は、イリノイの基地に着く頃には、より一層重く垂れ込めていた。
 レティシアの絶叫と、ジョンの嗚咽が耳の奥で反響し続けている。
 アーノルドは、軍用ジェットの窓から見える荒涼とした景色を眺めながら、ただ無力感に身を委ねていた。

 彼が司令室の扉を開けると、デイヴとノアの姿がそこにはあった。
 デイヴはデータフィード・ウォールを静かに見つめ、ノアは固い表情でアーノルドを待ち構えていた様子だ。
 その緊張感は、アーノルドに悲嘆に暮れる暇などないと悟らせるには十分だった。

「お待ちしておりました、将軍」ノアが敬礼と共に口火を切る。「ニュースはご覧になられましたか?」

 アーノルドは首を横に振った。

「いや、見ていない。どうかしたか?」

「では、ご報告します」

 ノアはモニターに視線を移した。

「実は将軍の休暇中に、米国各地にて少女らが相次いで失踪する事件が発生。そして本日未明、その行方不明者全員がコロラド州デンバーで保護されました。彼女らの証言から、主犯はマイケ・フォード、RIDE THE LIGHTNINGと見て間違いないかと」

「それで」アーノルドは抑揚のない声で促した。

「問題は被害者です」

 デイヴが引き継ぎ、モニターの表示を切り替えた。
 怯えた表情の少女たちの顔写真。その隣には、彼女たちの親である有力者たちの肖像が、家名と共に並べられていた。

「彼女たちは、アレーテイア・クライシス後の金融、物流、エネルギーを掌握する新興有力者たちの令嬢でした。幸い全員無事に保護されましたが、彼らは激怒しています」

 アーノルドは眉をひそめた。

 誘拐犯がただの犯罪組織であれば、即座に派兵し、有力者たちの機嫌を取るところだ。
 が、相手はRIDE THE LIGHTNINGという未知の脅威。迂闊に軍は動かせない。
 とはいえ軍がこの誘拐犯を放置すれば、やがて有力者らはしびれを切らし、事を荒立てようとするだろう。

 マイケには核攻撃の件で負い目もあるが、しかし、面倒なことをしてくれたなというのが、アーノルドの率直な感想であった。

「そして、この情報がどこからかリークされた。RIDE THE LIGHTNINGの存在、その圧倒的な性能、そして今回の誘拐事件。全てが公になり、軍に対して『国家の脅威を即刻排除せよ』との圧力が、各方面からかかっています」

「リークだと?一体誰が……」

 その問いに、ノアは答えなかった。
 彼女はただ、揺ぎない視線でアーノルドを見つめ返す。

「誰が情報を流したかは、もはや重要ではありません。重要なのは、世論が、そして有力者たちが、軍の対応を注視しているという事実です」

 アーノルドは腕を組み、深くため息をついた。

「なるほど、それは大変だ」そして、吐き捨てるように言った。「塗りつぶせ」

 それは、偽情報で世論を攪乱し、リークの事実を情報の奔流の中に埋もれさせろという、情報操作の指示だった。

「出来ません」ノアが即座に否定した。

「なぜだ?」

 アーノルドの問いに、デイヴが答える。「ホワイトハウスの意向です」

「ホワイトハウスだと?」アーノルドは訝しんだ。

 ノアが言う。

「ええ。ホワイトハウスを占拠しているレジスタンスが、前政権が行ったような不正な情報操作は断じて許容しない、と」

 さらに、デイヴが続ける。「ホワイトハウスの権限がなければ、大規模な情報操作に必要な設備は使用できません」

 アーノルドはこめかみを押さえ、吐き捨てるように言った。「……綺麗ごとで政治ができると勘違いした青二才どもが」

 ノアは将軍の悪態を意に介さず、ただ事実を述べるように続けた。

「将軍、情報操作という選択肢が絶たれた以上、事実はもはや隠せません。このまま軍が静観を続ければ、軍の、ひいては国家の信頼は失墜するでしょう。それに、有力者たちの怒りを放置すれば、彼らは私兵を動かすかもしれません。大統領不在の今、軍がその威光を示せなければ、国家の秩序は崩壊します」 彼女は一歩前に進み、声に確信を込めて言った。「我々にはIRONMAIDENがあります。勝算はある」

 アーノルドはノアの言葉を遮るように、吐き捨てる。

「私にそれを決めろと?  私は一将官に過ぎん。そのような権限はない……ホワイトハウスの革命家気取りは、民主主義の名の下に、大統領選が終わるまで事態を放置し、厄介ごとを次の大統領に押し付けるつもりなのだろう。無責任な」

 その愚痴めいた言葉に、デイヴは静かに告げる。

「将軍。ホワイトハウスは、この件に関する軍の判断をあなたに一任すると明言しています」

「……なんだと?」アーノルドは、デイヴの顔を、そしてノアの顔を交互に見た。動揺が走る。

 ノアが言う。

「これは国家の危機でもありますが、好機でもあります。RIDE THE LIGHTNINGを討伐すれば、軍の威信を示し、国家の秩序を立て直すことができる。その決断ができるのは将軍、あなたなのです。私たちはあなたの決定に従います。さあ。アメリカの未来のために、カービィの名に恥じぬご決断を」

 その言葉を聞いた瞬間、アーノルドの目が、一瞬、わずかに見開かれた。
 彼はノアの顔を黙って見つめ返す。

 やがて、アーノルドの表情から一切の動揺が消え、仮面のように硬質なものへと変わった。
 彼はゆっくりと二人に背を向け、データフィード・ウォールに対峙する。
 そこに映る、デンバー市街を捉えた無人の衛星映像と、その中心で点滅する赤いカーソルを、ただ静かに見据えていた。

〔イリノイ州シカゴ グレゴリオ歴2061年9月24日 05:25 p.m. -6〕

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