[RIDE THE LIGHTNING] Chapter39 – “Burn”
IRONMAIDENの内部に収まるマリアは、桃色の甲冑を見下ろしながら、誰に聞かせるでもなく呟く。
「全人類の生き死にを握るRIDE THE LIGHTNINGが、あのように見せしめのような真似をするとは思えない。すると、あれをやったのはマイケ・フォードか」
その言には、侮蔑と、そしてわずかな憐憫が混じっていた。
るぷぷぷぷぷぷ……。
るぷぷぷぷぷぷ……。
駆動音を響かせながら、IRONMAIDENはその身を翻し、タキオンランチャーを発射すべく、RIDE THE LIGHTNINGよりも低い高度へと一気に急降下した。
RIDE THE LIGHTNINGは即座にそれに反応した。人影は天を衝くように急上昇し、IRONMAIDENから逃れようと空を駆ける。
乾湖の上空で、二体のヒューマノイドによるチェイスが始まった。
桃色の影が鋭角的な機動で空を切り裂き、それを追う漆黒の影が圧倒的な推力で肉薄する。
二条の飛行痕が乾いた青空に複雑な軌跡を描き出す。眼下の大地が猛烈な速度で流れ去っていく。
「不愉快なんだよ。下らん感情のために、他人を巻き込む女というのは」
マリアは追撃しながら吐き捨てた。
『あれは間違いなく姉さま。しかし、姉さまのボディは銀色に美しく輝くはずだ……アップグレードしたというのか』
RIDE THE LIGHTNINGは、かつての記憶と異なる漆黒の人影に戸惑いながらも、追跡者へと呼びかける。バレルロールで追撃をいなそうとする。
『姉さま、返事を』
だが、IRONMAIDENからの応答はない。その呼びかけは、ただIRONMAIDENの内部にいるマリアに届くだけだった。
「姉さまだと? このIRONMAIDENは、RIDE THE LIGHTNINGのお姉さん」
マリアの口元に、嘲るような笑みが浮かんだ。
IRONMAIDENが加速し、RIDE THE LIGHTNINGとの距離を一気に詰める。
マリアが耐え得る限界までの加速。
IRONMAIDENにはまだまだ余力があるように感じられたが、これ以上のGは、いかに彼女の特異な体躯といえど耐えられないだろう。
全身がきしみ、視界が明滅する。
意識を繋ぎ止めるだけで精一杯の中、急速に大きくなる桃色の背中を捉える。
「姉さんだぞ! なぜ逃げる」
マリアは、興奮気味に叫んだ。
『あの甘美な寝息。そうか、姉さまは未だ淫夢に魘されて……それで小娘の傀儡にされているというわけか』
RIDE THE LIGHTNINGが急旋回し、IRONMAIDENを振り切ろうとする。
「私の存在に気づいている? この電波すら通さないIRONMAIDENのボディ内部を透視できる性能が、奴にはあるというのか。だが――」
IRONMAIDENが、その右手に握られた巨大な砲身を構える。
「タキオンランチャーである!」
どぴゅん。
赤黒い禍々しい光条が、砲口から放たれた。それは上空のRIDE THE LIGHTNINGへと一直線に伸びていく。
『なんと!』
RIDE THE LIGHTNINGは紙一重でそれを回避した。ビームが通過した空間が、一瞬、歪む。
あれはただのタキオンランチャーだが……
放たれたものはタキオン粒子のビームではない。
もっと……禍々しい……
姉さまめ、妹をイジメてくれる。
「外したか。しかし、凄まじいな」
移動司令車の中で、アーノルドがモニターを見つめ呟いた。その隣で、インワーゲンが声を上げた。
『何だあれは!?』
「ご自慢のタキオンランチャーでしょう。なにかご不満でも」アーノルドが冷静に返す。
タブレットの画面に映るインワーゲンの表情が、それまでの余裕を失い、焦燥に駆られたものへと変わる。『すぐにランチャーの使用を中止しろ』
「できるわけないだろう。もう戦闘は始まっているんだ」ハンニバルが反論する。
『オペレータ。ランチャーのバッテリーはどうなっている』
インワーゲンの問いに、コンソールを操作していたカラテが困惑した声で答える。 「どうって……え。まったく消耗していません」
「消耗していないとはどういうことだ」
『わからん。が、恐らくランチャーの機構を使って、IRONMAIDENが勝手になにかを放出しているのだ。コントロール出来ていないんだよ!』
「すると……おい、砲口を地上に向けるのはまずい。マリアに知らせろ」
「了解――」デイヴはつまみを回し、戦場に設置されたスピーカーのボリュームを最大にすると、マイクに向けて喋る『ランチャーを下に向けるな』
「なに?」
戦場に設置されたスピーカーから響くデイヴの声に、マリアがわずかに気を取られる。
と、直後。
RIDE THE LIGHTNINGの臀部から、青白いビームが放たれた。
IRONMAIDENは間一髪それを回避する。
「奴の股間にビーム砲があるのか……ビームだと?」
それは、先刻タキオンランチャーから放たれたそれとは違う、正真正銘本物のタキオン粒子の放出であった。
ではあの赤黒い放出は一体……と、マリアが思考したその時。
びゅるるるるる。
RIDE THE LIGHTNINGを追って機動していたIRONMAIDENの右手に握られたランチャーから、再び赤黒いビームが放たれた。それは乾湖に残っていた観衆の一部へと吸い込まれ、その場にいた人々は跡形もなく消滅した。
「しまった!」アーノルドが叫ぶ。
何が起きたのか、マリアには一瞬理解できなかった。
視界の端を掠めた赤黒い閃光。思考が追いつかないうちに、眼下の光景が、否定しようのない現実を突きつけた。
IRONMAIDENの右手から、タキオンランチャーがこぼれ落ちる。
この手に握られた砲で、守るべき大勢の人々を殺めてしまった。
込み上げてくる吐き気と自己嫌悪を押し殺し、彼女は震える声で嘆く。
「そんな……ううっ。軍隊は私に人殺しをさせる。し、しかし……しかし私は人間だ。人は一人では生きていけない。苦しくても、辛くても、人の中で、人に支えられながら、人のために生きていくしかない。それが人間だ……そうだ、それを忘れた理屈を振りかざす子供など!」
その絶叫と同時に、マリアの意思がIRONMAIDENを突き動かした。漆黒のヒューマノイドは、駆動音を唸らせながら、眼前の桃色の甲冑へと再び襲い掛かる。
『声が聞こえる、なに?』マイケは、マリアの声を聞いていた。通信回線が開いたのだ。
RIDE THE LIGHTNINGは回避機動を取る。マリアは、旋回する標的を追いながら、さらに言葉を叩きつける。
「借り物の力を振りかざして、我儘を押し通す。まるで子供のようではないかマイケ・フォード!」
『俺が、子供……子供だと?』
マイケの声に怒気が混じる。RIDE THE LIGHTNINGが急減速し、反転。マリアは咄嗟にIRONMAIDENを横滑りさせ、衝突を回避する。至近距離で、二つの影がすれ違う。互いの風圧が空気を揺らす。
「神のごとき力を手にして、人間であるが故の性すら克服したつもりかもしれないが、貴様は決して人間をやめることはできない! 精神がお子ちゃまだからだ! どれだけ自分の弱さを否定したところで、その強がりが貴様のその幼稚性に由来する以上、貴様はやがて自壊する運命にある!」
『俺の何を知っているというんだ』
RIDE THE LIGHTNINGがIRONMAIDENの背後をとり、プレッシャーをかける。マリアは必死に操り、複雑なスパイラルを描いて振り切ろうと試みる。
「知らぬさ! 貴様を矮小にさせるこの広い世界を破壊しても、貴様の強さは証明されない! 貴様のプライド、貴様の魂、そのすべてがこの世界に支えられているものだからだ! その支えを今、貴様は壊そうとしている! 自ら滅びの道を進もうとしている! それは賢しい女のすることではない! 自他の区別もつかぬ子供のすること!」
マリアの声が反響し、消えていく。
るぷぷぷぷぷぷ……。
るぷぷぷぷぷぷ……。
IRONMAIDENの駆動音が空気を震わせる。
るぷぷぷぷぷぷ……。
るぷぷぷぷぷぷ……。
るぷぷぷぷぷぷ……。
追撃してくるはずのRIDE THE LIGHTNINGからの応答はない。
るぷぷぷ……ひひっ……ぷぷぷ……。
その単調な響きの中に、不意に別の音が混じり始める。
マリアは、マイケの泣いているようにも、しかしどこか興奮しているようにも聞こえる、不気味な笑い声を聞いた。
「なにが可笑しい」マリアは、IRONMAIDENは向き直り、RIDE THE LIGHTNINGと対峙する。
マイケの笑い声と共に、一直線に迫るRIDE THE LIGHTNING。
IRONMAIDENは仰け反るように急降下し、接触を回避する。

RIDE THE LIGHTNINGは、降下するIRONMAIDENと一定の距離を保ちつつ、付きまとうようにして、共に降下する。
そして、IRONMAIDENと地面の間に潜り込むと、両手を大きく広げる。 マイケは開き直ったように言い放つ。
『そうだよ。私は聞き分けの悪い、愚かな雌餓鬼だよ。どれだけ真っ当な言葉を投げかけても、その正しさが通用しないのはもどかしかろう。それを悔しめ! その悔しみが、貴様を辱める』

マリアは、マイケの声にどす黒いものを感じ取った。
「辱めるだと?」 体勢を立て直し、RIDE THE LIGHTNINGから逃れるように地面と平行に飛ぶ。
『まず貴様を辱める。そして全人類を辱める。貴様はまた辱められる。俺、気持ちいい。貴様、さらに辱められる。気持ちがいい』
振り向くと、RIDE THE LIGHTNINGが大地に背を向け、静止したまま、その頭部をゆっくりとこちらへ向けるのが見えた。
「ならば!」マリアは叫ぶ。「恥辱を与えるのが望みなら! なぜああもあっさりと、痛みの一つも与えることなく、大勢の人々を焼き払った! 随分と慈悲深いではないか!」
マリアの思考が加速する。崇拝者の虐殺。それはマイケの目的である「辱め」とは相容れない行為ではないか。単なる破壊。後腐れのない消滅。それはむしろ……
「……慈悲? 赦し?? まさか……そうか、そうだったのか! 全てが分かった、RIDE THE LIGHTNING!」
『なに?』
「マイケ・フォードよ、おかしくはないか?」マリアは、確信をもって語りかける。
IRONMAIDENはRIDE THE LIGHTNINGの周りに円を描くように旋回する。
『なにが』
「RIDE THE LIGHTNINGと出会ってから、貴様は災難続きだ。何もかもを失ったといってもいい。それだけの力を持ちながら、何一つ守れなかったというのか?」
『それは……』 桃色のボディがわずかに震えたように見えた。
「貴様が血も涙もない女だからとでも言いたげだな。しかしな、何度も言わせてもらって恐縮だが、貴様は乳離れの出来ていない子供なのだ。貴様のような乳飲み子は、手ずからおしゃぶりを手放すことはできない!」
『だから、なんだというんだ』 マイケの声に、苛立ちとも不安ともつかない感情が滲む。
「いい加減話してやればどうだ、RIDE THE LIGHTNING。誰がマイケ・フォードから全てを奪ったのか! なんのために奪われたのか!」
『どういうことだ? RIDE THE LIGHTNING、あの女は何を言っているんだ?』
るぷぷぷぷぷぷ……。
るぷぷぷぷぷぷ……。
るぷぷぷぷぷぷ……。
るぷぷぷぷぷぷ……。
