[RIDE THE LIGHTNING] Chapter04

 シーダー・ラピッズの夜は、かつて美しい街並みが広がっていた頃とはまるで異なっていた。道路のあちこちにはひび割れが走り、そこから雑草が無造作に顔を出している。道端にテントや即席の小屋が乱立し、その間を風が吹き抜けるたびに、布がばたつき、戸が軋み、静寂をかき乱す。
 道路の真ん中には、古びたドラム缶が置かれ、その中で焚火が燃えている。わずかな薪が赤々と燃え、揺らめく炎が、周囲に集まる人々の顔を薄暗く照らしている。彼らの顔には疲労と諦めが刻まれ、火の粉が時折風に乗って舞い上がるたびに、目を細める。
 道の脇には、錆びついた車が幾台も放置されている。その窓からは、わずかに光が漏れ出し、住人が車内に引き込んだらしい電線が照らし出されている。しかし、その光もいつ途絶えるかわからない。

 そんなスラムにあってただ一つ、場違いに巨大で小綺麗なベルテント、その帆布に、無数のペンダントライトの灯りが透けている。

「フランお前、また祈ってるのか? その……」

「ガリア様」

「ガリア様に」

 テントの中で膝をつき、両の手を結ぶ金髪の少女はフランチェスカ・サイファー。
 その背後から、茶髪で褐色肌の少女マイケ・ルイス・フォードは怪訝そうな顔で問う。

「そうよ」

「べつに構わないけどさ……そのガリア様がお前になにかしてくれたか?」

「数千年前、私達の先祖に啓示を授けてくださったわ」

「や、そうじゃなくてだな。お前自身にだよ。腹いっぱいにパンを食わせてくれるか?」

「パンはくれないけれど、ガリア様を信じていれば、私はぐっすり眠れるわ」

「ああ、そう……」

「それに、ガリア様は私たちの意志の力を愛していらっしゃるの。だから私たちが何かを望み、そのために正しく努力すれば応えてくれるのよ」

「要するに、希望ってことか?」

 マイケは四つん這いになって、フランチェスカの顔を下から覗き込むようにして見た。

「そうね。希望の光よ」

「それで、祈りってのは……なに?」

「なにって?」

「いや、だから、どういうための努力なんだろって」

「決まってるじゃない。天国に行くためよ」

「……天国に行きたいのか?」

「む。天国というのは精神の至る場所。そこへ向かう適切な方策というと、祈りということになるわ」

「祈り、瞑想みたいなものなんだな……え、俺がそれを聞いたのか?」

「そうよ」

「そうかい。ああ。お前がそういう努力を頑張るってんなら、俺がお前を食わせてやらなくっちゃな」

「お金を盗んで、でしょ。善くないわ」

「お前はそれで良くても、他の奴らはどうするんだ。ガリア様の教えとやらに従って野垂れ死ねとでも言うのか? ……それに、どうせロクに使われない金だ」

「関係ないわ。理由をつけて悪に甘んじるのは怠慢よ」

「とか言って、俺が飯持ってきたら食うんだろ?」

「……当然。盗品だろうがなんだろうが、お腹が空いていて、そこに食べ物があるのなら構わず食べなさいというのがガリア様の教えよ。何故だか解って?」

「もったいないからだろ」

「そうよ。闇雲に食べ物を腐らせ、生を放棄することは臆病者のやること。怠慢でしかないわ」

「言えてる。けど、それって都合のいい解釈じゃないか?」

「……さあさあ、どいたどいた。私は、まだガリア様にお祈りしなくちゃいけないの」

「なあ。ガリア様とやらには、一体どれだけ祈らなきゃいけないんだ?」

「さあね。なにせ怠慢は重罪だもの」

「えっ、それじゃあ……なあ」

「なに?」

「覚えているかい? 俺とお前で、隣町の祭りに行ったとき……」

「覚えてないわね」

「そうかい……お祈りをするんだったな。外すよ」

「助かるわ」

 フランチェスカは目を閉じたままで、振り向きもしなかった。
 マイケは少しの間しかめっ面でその背中を眺めていたが、やがてそれが無意味な行為であることを悟ると、わざとらしく音をたててテントから出た。
 そしてすぐに立ち止まり、つい先ほど自分が出てきたばかりのテントに未練がましく目をやる。

「ここでの約束なんて、どうでもいいのかよ……そんなにお空の上が大事かよ……」

 と、震えるマイケの肩が無遠慮にポンと叩かれる。
 ひょろ長い背をした黒肌の青年、アンドレイがそこにいた。

「来てくれ。明日の作戦について話す」

「触るな!」

 マイケはアンドレイの手を弾く。

 アンドレイは困惑した様子で、
「すまない」
 と言う。

 マイケは横目でアンドレイの様子を窺い、
「いや、俺の方こそすまない。気が立っていた。許してくれ。なんでもする」と返す。

「なんでもか……なら、こっちへ来てくれ。侵入経路を確認したい」

「……わかった」

 アンドレイはマイケの返事を聞くやいなや、踵を返して元来た方へと足早に歩みだした。
 後に続くマイケは、訝しげにアンドレイを見つめていた。

 シーダー・ラピッズの夜は、かつて美しい街並みが広がっていた頃とはまるで異なっていた。道路のあちこちにはひび割れが走り、そこから雑草が無造作に顔を出している。道端にテントや即席の小屋が乱立し、その間を風が吹き抜けるたびに、布がばたつき、戸が軋み、静寂をかき乱す。
 道路の真ん中には、古びたドラム缶が置かれ、その中で焚火が燃えている。わずかな薪が赤々と燃え、揺らめく炎が、周囲に集まる人々の顔を薄暗く照らしている。彼らの顔には疲労と諦めが刻まれ、火の粉が時折風に乗って舞い上がるたびに、目を細める。
 道の脇には、錆びついた車が幾台も放置されている。その窓からは、わずかに光が漏れ出し、住人が車内に引き込んだらしい電線が照らし出されている。しかし、その光もいつ途絶えるかわからない。

 そんなスラムにあってただ一つ、場違いに巨大で小綺麗なベルテント、その帆布に、無数のペンダントライトの灯りが透けている。

「フランお前、また祈ってるのか? その……」

「ガリア様」

「ガリア様に」

 テントの中で膝をつき、両の手を結ぶ金髪の少女はフランチェスカ・サイファー。
 その背後から、茶髪で褐色肌の少女マイケ・ルイス・フォードは怪訝そうな顔で問う。

「そうよ」

「べつに構わないけどさ……そのガリア様がお前になにかしてくれたか?」

「数千年前、私達の先祖に啓示を授けてくださったわ」

「や、そうじゃなくてだな。お前自身にだよ。腹いっぱいにパンを食わせてくれるか?」

「パンはくれないけれど、ガリア様を信じていれば、私はぐっすり眠れるわ」

 マイケは、フランチェスカの言葉の真意を理解してはいなかった。
 彼女が毎晩フランチェスカを抱いて眠るのは、フランチェスカに母親を求めて甘えているつもりでのことだったが、しかし、小柄なフランチェスカにしてみれば、それはむしろ、子どものようにあやされているように感じられて、とても不愉快なことであった。
 そのことが、彼女の眠りを妨げる直接の要因になっていた。
 彼女がガリアの教えにのめり込んだのは、その苛立ちから逃れるためであった。
 つまるところ、フランチェスカとしては、先の返答で自身の心を語ったつもりだったのだ。

「ああ、そう……」

 しかし、マイケにはそれがジョークの類にしか聞こえていなかった。
 フランチェスカもそのことに気づいていたが、だからといって、これ以上何かを言って、分かってもらおうとも思わなかった。

「それに、ガリア様は私たちの意志の力を愛していらっしゃるの。だから私たちが何かを望み、そのために正しく努力すれば応えてくれるのよ」

「要するに、希望ってことか?」

 マイケは四つん這いになって、フランチェスカの顔を下から覗き込むようにして見た。
 それもまた、マイケにとっては一種の退行のつもりであった。
 フランチェスカは目を閉じていたが、聴覚によって、あるいは研ぎ澄まされ、拡張された意識の端で触れることによってそれを捉えていた。
 そのうえで、マイケが姿勢を低くしたのを、大人が小さな子供と話すときに、目線を合わせるために屈むのと同じに捉えて、またも不愉快に感じた。

「そうね。希望の光よ」

「それで、祈りってのは……なに?」

「なにって?」

「いや、だから、どういうための努力なんだろって」

「決まってるじゃない。天国に行くためよ」

「……天国に行きたいのか?」

「む。天国というのは精神の至る場所。そこへ向かう適切な方策というと、祈りということになるわ」

「祈り、瞑想みたいなものなんだな……え、俺がそれを聞いたのか?」

「そうよ」

「そうかい。ああ。お前がそういう努力を頑張るってんなら、俺がお前を食わせてやらなくっちゃな」

「お金を盗んで、でしょ。善くないわ」

「お前はそれで良くても、他の奴らはどうするんだ。ガリア様の教えとやらに従って野垂れ死ねとでも言うのか? ……それに、どうせロクに使われない金だ」

「関係ないわ。理由をつけて悪に甘んじるのは怠慢よ」

「とか言って、俺が飯持ってきたら食うんだろ?」

「……当然。盗品だろうがなんだろうが、お腹が空いていて、そこに食べ物があるのなら構わず食べなさいというのがガリア様の教えよ。何故だか解って?」

「もったいないからだろ」

「そうよ。闇雲に食べ物を腐らせ、生を放棄することは臆病者のやること。怠慢でしかないわ」

「言えてる。けど、それって凄く都合のいい解釈じゃないか?」

「……さあさあ、どいたどいた。私は今からガリア様にお祈りしなくちゃいけないの」

「なあ。ガリア様とやらには一体どれだけ祈らなきゃいけないんだ?」

「さあね。なにせ怠慢は重罪だもの」

「えっ、それじゃあ……」

 マイケは、フランチェスカが――盗みという悪を働くマイケの怠慢、そのために祈っているのだと解釈した。
 フランチェスカが語る教えの内容にはほとんど納得できないマイケだったが、とはいえ彼女がマイケのために祈ってくれているというのは素直にうれしく思えた。

 ただ実際のところ、フランチェスカは自身の怠慢のために祈っているに過ぎなかった。

「なあ」

「なに?」

「覚えているかい? 俺とお前で、隣町の祭りに行ったとき……」

「覚えてないわね」

「そうかい……お祈りをするんだったな。外すよ」

「助かるわ」

 フランチェスカは目を閉じたままで、振り向きもしなかった。
 マイケは少しの間しかめっ面でその背中を眺めていたが、やがてそれが無意味な行為であることを悟ると、わざとらしく音をたててテントから出た。
 そしてすぐに立ち止まり、つい先ほど自分が出てきたばかりのテントに未練がましく目をやる。

「ここでの約束なんて、どうでもいいのかよ……そんなにお空の上が大事かよ……」

 と、震えるマイケの肩が無遠慮にポンと叩かれる。
 ひょろ長い背をした黒肌の青年、アンドレイがそこにいた。

「来てくれ。明日の作戦について話す」

「触るな!」

 マイケはアンドレイの手を弾く。

 アンドレイは困惑した様子で、
「すまない」
 と言う。

 マイケは横目でアンドレイの様子を窺い、
「いや、俺の方こそすまない。気が立っていた。許してくれ。なんでもする」と返す。

「なんでもか……なら、こっちへ来てくれ。侵入経路を確認したい」

「……わかった」

 アンドレイはマイケの返事を聞くやいなや、踵を返して元来た方へと足早に歩みだした。
 後に続くマイケは、訝しげにアンドレイを見つめていた。

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