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「夢を見せてくれる機械ってこと?」
キングサイズのベッドの上で、少年ジョン・カービーは父アーノルド・カービーに聞いた。
〔アイオワ州グライムス グレゴリオ暦2061年9月17日 08:21 p.m. -6〕
たくましい体つきのアーノルドは、ジョンの頭を優しく撫でた。
ジョンは笑んだ。
アーノルドはジョンに微笑み返すと、優しい声で答えた。
「そう。それで大勢が夢の世界に入り浸って、国中が貧乏になってしまったのさ」
「だから街にはスラムがいっぱいなんだね。でも、どうして夢を見せる機械で国が貧乏になるの? みんながその機械を買ったら、いっぱい儲かるよ? それに、いい夢見たら僕きっと明日だって、来週だって頑張れるよ」
「ハッハッハ、そうだな。でもな、ジョン。Aletheiaが見せる夢はあまりにも心地が良すぎるんだ」
Aletheiaとは、バイソン社が開発し、富裕層を中心に普及したブレイン・コンピュータ・インターフェースである。
装着者が望む理想の世界をコンピューターが自動生成し、感覚データを脳に直接送り込むことで、装着者にあたかも自分が理想郷にいるように思わせるこの装置の発売を皮切りに、米国に起こった一連の政治的混乱はアレーテイア・クライシスと呼ばた。
「パパも使ったことあるの?」
ジョンに問われたアーノルドは、一瞬遠くのほうに目をやり、そしてすぐにまたジョンに微笑みかけてみせた。
しかし、その目は先刻よりも幾分か寂しげだった。
「ないさ。けど、Aletheiaを使った人間はみんなそう言う……さっき、Aletheiaは富裕層を中心に普及したと言ったろう」
「うん」
上目遣いでアーノルドを見上げるその表情からジョンの不安を汲み取った父は、やや大げさに口角を上げてみせ、それから再び語りだす。
「国が貧乏になってしまったのはな、理想郷の虜にされた権力者達が、現実の世の中を支えることを一斉にやめてしまったからなのさ」
「なにもする気がなくなっちゃうってこと?」
「そうさ」
「けど、それじゃお金はどうするの? 生きていくにも、その機械を動かすのにも、なんにだってお金はかかるでしょ?」
「……残りの貯金を切り崩しさえすれば、老いて死ぬまでAletheiaと生命維持装置をつけっぱなしにしておける。そのぐらい裕福な連中なら、心配はない。それに、毛皮のコートや、ダイヤの指輪は、夢で買えばいい。楽しいことはみんなAletheiaの中さ」
「プレイステーションも?」
「プレイステーションもだ。お金なんて払わなくとも、望めば目の前にプレイステーションが出てくる。ソフトもだ。その上勝ち放題さ……」
アーノルドがまた遠い目をしているのを、ジョンは見逃さなかった。
「どうしたの?」
そう言われて我に返った父は、振り払うように首を素早く細かく振った。
「いや、なんでもない。ともかく、バイソンっていうチャーミングな会社のおかげで、街にスラムがわんさかできたってことさ。さあ、もう寝なさい」
「はーい! おやすみ、パパ」
「ああ、お休み」
アーノルドはにこやかにジョンに毛布をかけ直す。
そして、細めた目でジョンが眠りについたのを確認すると、ひとり起き上がり、じっと正面の壁を睨む。
毛布の端を掴んだ手が力む。
「そんな綺麗な世界であるものか……あんな、あんな破廉恥な……」
「パパ?」
ジョンの無垢な声にハッとする。
「ジョン、起きてたのか」
「ママはいつ帰ってくるの?」
「夢を見せてくれる機械ってこと?」
キングサイズのベッドの上で、少年は父に聞いた。
たくましい体つきの父親は、息子の頭を優しく撫でた。
少年は笑んだ。
父親は息子に微笑み返すと、優しい声で答えた。
「そう。それで大勢が夢の世界に入り浸って、国中が貧乏になってしまったのさ」
「だから街にはスラムがいっぱいなんだね。でも、どうして夢を見せる機械で国が貧乏になるの? みんながその機械を買ったら、いっぱい儲かるよ? それに、いい夢見たら僕きっと明日だって、来週だって頑張れるよ」
「ハッハッハ、そうだな。でもな、ジョン。Aletheiaが見せる夢はあまりにも心地が良すぎるんだ」
「パパも使ったことあるの?」
少年に問われた父は、一瞬遠くのほうに目をやり、そしてすぐにまた息子に微笑みかけてみせた。
しかし、その目は先刻よりも幾分か寂しげだった。
「ないさ。けど、Aletheiaを使った人間はみんなそう言う……さっき、Aletheiaは富裕層を中心に普及したと言ったろう」
「うん」
上目遣いで父を見上げるその表情から息子の不安を汲み取った父は、やや大げさに口角を上げてみせ、それから再び語りだす。
「国が貧乏になってしまったのはな、理想郷の虜にされた権力者達が、現実の世の中を支えることを一斉にやめてしまったからなのさ」
「なにもする気がなくなっちゃうってこと?」
「そうさ」
「けど、それじゃお金はどうするの? 生きていくにも、その機械を動かすのにも、なんにだってお金はかかるでしょ?」
「……残りの貯金を切り崩しさえすれば、老いて死ぬまでAletheiaと生命維持装置をつけっぱなしにしておける。そのぐらい裕福な連中なら、心配はない。それに、毛皮のコートや、ダイヤの指輪は、夢で買えばいい。楽しいことはみんなAletheiaの中さ」
「プレイステーションも?」
「プレイステーションもだ。お金なんて払わなくとも、望めば目の前にプレイステーションが出てくる。ソフトもだ。その上勝ち放題さ……」
父がまた遠い目をしているのを、息子は見逃さなかった。
「どうしたの?」
そう言われて我に返った父は、振り払うように首を素早く細かく振った。
「いや、なんでもない。ともかく、バイソンっていうチャーミングな会社のおかげで、街にスラムがわんさかできたってことさ。さあ、もう寝なさい」
「はーい! おやすみ、パパ」
「ああ、お休み」
父はにこやかに息子に毛布をかけ直す。
そして、細めた目で息子が眠りについたのを確認すると、ひとり起き上がり、じっと正面の壁を睨む。
毛布の端を掴んだ手が力む。
「そんな綺麗な世界であるものか……あんな、あんな破廉恥な……」
「パパ?」
息子の無垢な声にハッとする。
「ジョン、起きてたのか」
「ママはいつ帰ってくるの?」