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その日の夜。
マイケとアンドレイは、レンガ造りの外壁と和風の瓦屋根の組み合わせが特徴的な邸宅の前で、塀に背を預けて中の様子を窺っていた。
〔アイオワ州グライムス グレゴリオ暦2061年9月18日 09:52 p.m. -6〕
「侵入経路は昨日説明した通りだ。やれるな」
アンドレイはマイケに問う。
「俺を誰だと思っている」
「それもそうか……ん? どうかしたか?」
分かりやすくアンドレイを睨みつけるマイケの視線に、アンドレイが気づく。
「べつにどうもしちゃいない。ただ、面白くないと思っただけだ」
マイケはアンドレイと目を合わせずにそう言った。
「ここは車がまだオイルで動いていた時代からブイブイ言わせてた老舗の車屋、そのトップのお宅だぞ? いつもの盗みが面白かったかは知らないが、面白いか面白くないかで言えば……面白い方なんじゃないか?」
「そうじゃない。俺はお前のことを言っている」
「俺にコメディアンを求めないでくれ」
「男らしくないと言っている」
「そういう言い方は前時代的じゃないか?」
「もういい。お前が決めたことだ。従うさ」
マイケはムスッとしたまま、塀を飛び越えて屋敷の敷地に侵入した。
アンドレイも後を追うようにしてそのようにした。
アンドレイは、正直なところマイケが苦手だった。
アンドレイもマイケから向けられた好意には気づいていたのだが、いくらアレーテイア・クライシス以降、国家の法執行が機能不全に陥り、スラムにおける犯罪行為に対する取り締まりが緩くなったといっても、周りの目だってあるのだし、未成年のマイケと成人したアンドレイとがそういった関係を持つことは憚られるというものだ。それなのに、先日のように、そういう行為を仄めかされたって反応に困る。
そうでなくとも、マイケは、相手に何かを悟ってもらおうと回りくどい言動をしては、空回りして一人で不機嫌になっていることが多い。
もっともそれに関してはアンドレイも、単なる自身の能力不足かもしれないと思ってみたりもするのだが、やはり、工学系のアンドレイには、そういう、駆け引きだとか、気の利いた会話だとかは、性に合わないように感じられ、そういうものを期待するマイケの文学的な感性とはそもそも相容れないように思えてならなかった。
なによりマイケは、ハイスクール時代にアンドレイのことをいじめていた女によく似ていた。
マイケの声がどこかから聞こえる度、アンドレイにはそれが「クセェんだよ」と自身を罵る声に聞こえる幻聴に悩まされていた。
その日の夜。
褐色肌の少女と黒肌の青年は、レンガ造りの外壁と和風の瓦屋根の組み合わせが特徴的な邸宅の前で、塀に背を預けて中の様子を窺っていた。
「侵入経路は昨日説明した通りだ。やれるな」
黒肌の青年は褐色肌の少女に問う。
「俺を誰だと思っている」
「それもそうか……ん? どうかしたか?」
黒肌の青年は、分かりやすくを自身を睨みつける褐色肌の少女の視線に気づく。
「べつにどうもしちゃいない。ただ、面白くないと思っただけだ」
褐色肌の少女は黒肌の青年と目を合わせずにそう言った。
「ここは車がまだオイルで動いていた時代からブイブイ言わせてた老舗の車屋、そのトップのお宅だぞ? いつもの盗みが面白かったかは知らないが、面白いか面白くないかで言えば……面白い方なんじゃないか?」
「そうじゃない。俺はお前のことを言っている」
「俺にコメディアンを求めないでくれ」
「男らしくないと言っている」
「そういう言い方は前時代的じゃないか?」
「もういい。お前が決めたことだ。従うさ」
褐色肌の少女はムスッとしたまま、塀を飛び越えて屋敷の敷地に侵入した。
黒肌の青年も後を追うようにしてそのようにした。