[RIDE THE LIGHTNING] Chapter12 – “Electric Eye”

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 同時刻、同施設の中央指令室にて。

〔アイオワ州グライムス グレゴリオ暦2061年9月20日 08:45 p.m. -6〕

「脱走者が出たなんて、聞いてないぞ……」

 狼狽するシャイニングに、

「今聞いた!」と、ジェフリー・ドナー少尉(ニックネームはハンニバル)が注意する。

「は、はい!」

 シャイニングは慌てて部屋を飛び出していく。
 ハンニバルはシャイニングを見届けると、

「監視カメラ、映ってないの?」

 と、モニターと睨めっこするクラリス・ラミレス(服は着ていないが、階級は軍曹である。ニックネームはカラテ)に尋ねる。
 カラテは答える。

「すみません。ただ、ノイズが――」

「じゃあそれでしょうが! あっ、中佐!」

 指令室にデイヴが戻る。

「どうなっている」デイヴはハンニバルに尋ねる。

「はい。それが、先日中佐が連行した盗賊が」

「逃げたのか。私は先刻まで彼女といたが……」

「口説いていたので?」

「まさか。ああ、私じゃないぞ。逃したのは」

「そうは疑っておりません。何しろやつは逃走中ですから」

「甘いな。私がここに、アリバイ作りに来たとは考えんのか?」

「それは……」言いよどむハンニバル。

「ジャミングですよ」と、カラテが会話に割って入る。

「ジャミング?」デイヴはカラテに聞き返す。

「逃亡者マイケ・ルイス・フォードは――」

「フルネームで覚えているのか」

「す、すみません。その……タイプだったもので……」カラテは頭をかく。

「話の腰を折るんじゃない。それで?」デイヴは再度問うた。

「はい。ジャミングの範囲は狭く、そして移動しています。協力者がいれば、こんな半端なことはしません。彼女の居場所を教えているようなものですから」

「そんなものか」

 デイヴは、カラテの言い分がいまいちしっくりきていなかった。
 ジャミングは確かにマイケの逃亡に不利に働いているようだが、だからといってそれが即座に協力者の存在を否定し、デイヴの無実を証明するような根拠にはなりえないのではないかと思えたからである。
 が、ハンニバルもそれで納得しているようだったし、なんであれ自身に疑いの目が向けられていないのならば都合がいいと思い、そのまま受け流した。

「で、ジャミングというのは?」デイヴはカラテに問う。

「それが、つい今7番ゲートで起こりまして」

「どういうことだ?」

「すでに軍施設を出たというのか」

「恐らくは」

「信じられんことだが……肉の脚で追っているか?」

 デイヴはそう言って、自身の右の太ももをポンとたたいて見せた。
 ハンニバルはニヤリとして、

「負わせています」と答える。

 すると、ちょうどシャイニングが指令室の扉をバッと開け放って現れる。
 シャイニングはスタスタと足早にデイヴらの方へと向かいながら、

「報告します」

 と、仏頂面で宣言した。

「手ブラで帰る馬鹿がおるか!」

 ハンニバルは、右の拳の小指の側をドンと卓上に打ちつけて怒鳴る。
 シャイニングは仏頂面のまま返す。

「申し訳ございません。しかし、我々の武装では歯が立たず……」

「発砲許可を出したのか?」デイヴがハンニバルに尋ねる。

「いいえ。しかし、ここはステイツです。必要があれば撃ちます。そうだな?」

「ええ。結論から言えば、逃亡者は鎧をまとっていました」と、シャイニング。

「鎧? パワードスーツを着ていたのか?」デイヴは怪訝そうな顔でシャイニングを睨んだ。

「恐らくは。ジャミングもそのせいかと。しかし、馬力が違います。やつが走った跡、コンクリートをボコボコ言わしてました」

 腕組みし、ポカンとするデイヴを尻目に、ハンニバルはシャイニングに聞く。

「マグナムも効かなかったんだな?」

「グレネードもです。傷一つつきません」

「グレネードでピンピンするのか。それで、写真は?」

「動きが速すぎて……しかし、この目で見ました」

 シャイニングがそう言うと、ハンニバルは目をぱちくりさせた。
 デイヴが覗き込むようにしてハンニバルの表情を窺うと、ハンニバルは明後日の方向に視線を向けて、

「しかし、パワードスーツの似顔絵が出来るやつなどおらんぞ」と言った。

「確かに、言葉で聞いた特徴を描きだすなら難しいでしょうが……」

 シャイニングがそう言いかけると、ハンニバルは食いつくようにしてそれを遮り、

「絵の心得があるのか」

 と、デスクの前に身を乗り出して聞く。

「美大の出です」

 いたって真面目に答えるシャイニングに、デイヴは思わず笑みをこぼす。

「珍しいな。分かった。紙とペンをよこしてやれ」と、デイヴ。

「逃亡者の追跡は……」

「彼女は対した罪人じゃない。行かせてやればいい」

「しかし……」

 するとそこへ、准将の階級章をしたアーノルド(ニックネームはM)が現れて言う。

「しかし、ここのセキュリティを突破されたとなれば、我々の沽券にかかわる」

 デイヴはアーノルドの目を少しばかり見つめると、

「そうですが、やつは只者ではない。対策が必要でしょう」と返す。

 アーノルドは言う。

「それもそうか……描けたか? 美大生」

 アーノルドはシャイニングの肩にそっと左の手を載せて聞く。

「卒業済みです。描けました」

「見せてみろ」

 デイヴが卓上のコピー用紙を取り上げると、紙の上にのっていた数本のペンが床にまき散らされるようにして転がり落ちる。
 慌ててそれを拾おうとするシャイニングをよそに、デイヴは絵をジッと見つめる。
 アーノルドがデイヴの傍に寄ると、デイヴはアーノルドにも見えるようにと紙を持っていた腕を少し横へ動かす。
 ハンニバルもそこへ加わろうとするが、ぴょんぴょこ跳ねても背の高い二人の肩が邪魔でよく見えない。

 描かれていた桃色の甲冑の姿に、アーノルドは首を傾げる。

 デイヴは言う。

「派手な色だ。これが君の芸術性というやつなら、もう少しこだわりを抑えてもらえると助かるのだが」

「いえ、脚色しているつもりはありません。リアリスティックに描きました」と、シャイニング。

「……重ねて確認するが、君の言うリアリティというのは、その、フォトリアルの方のリアルでいいんだな? シュルレアリスムだとか、なんかそういう凄そうな感じのでなく」と、アーノルド。

「もちろん前者です。フォトリアルとまではいきませんが、目で見た通りに描きました。私を何だと思ってるんです? 無論、准将がお望みなら、溶けた時計のひとつやふたつ、そいつのバックに描き加えてやっても構いませんが」

「そうか。では曹長、最後にもう一つ質問がある」アーノルドは言う。

「ええ、なんでしょう」と、曹長。

「君はコイツのボディをピンクで描いているが、この色は正確か?」

「ありものの画材で描きましたから、100パーセント正確とまでは……」

では無かったか?」

「いえ。赤かピンクかで言えば、間違いなくピンクでした。ほら、ちょうどこれぐらいの」

 そう言って、シャイニングはデスクに転がっていたピンクのポストイットを掴んで掲げた。
 アーノルドは少し考えた後、

「うん、わかった。ならばこの絵をもとに手配書を作成しよう。ラミレス軍曹、コピーをとれ。それから曹長」と言った。

「まだなにか?」

「私の息子はトランスフォーマーのおもちゃが好きでね。この絵を子どもが好きそうな感じに仕上げてくれ。ボーナスをやろう」

 シャイニングは困惑した様子でデイヴの方を見る。
 デイヴはシャイニングに微笑みかける。

「了解しました!」シャイニングは敬礼し、勢いよく返事をする。

「何事です」

 アーノルドが連れていた頭頂部が寂れ、白い髭を蓄えた白衣の老人が、痺れを切らして会話に加わる。

「そちらの方は?」デイヴはアーノルドに聞く。

「軍の兵器開発に協力してくださっている、インワーゲン博士だ。心配いりません。避難訓練のようなものです」

「そうですか」

 インワーゲンはひとまず納得したようで、邪魔にならぬよう士官たちから離れんと回れ右をする。

「コピー終わりました。ええと」

 カラテは、シャイニングのスケッチを片手にきょろきょろする。

「ああ、それは曹長に返してやってくれ」

「はい。シャイニング、これ」

「どうも」

 インワーゲンは、視界の脇に、今まさにカラテからシャイニングに手渡されんとするスケッチを見止める。

「む? そ、それはっ!」

「なんです」

「寄越しなさい!」

 インワーゲンはカラテからスケッチをぶんどり、顔にグイっと近づけて凝視する。
 身を震わし、目を見開く。
 そして呟く。

「……RIDE THE LIGHTNING」

「ご存じなのですか?」アーノルドが問う。

「あ、ああ……」

「では博士。そいつは一体なんなんです」と、デイヴ。

「始まる……」

「え、何が」

「最後の審判だ」

〔アイオワ州グライムス グレゴリオ暦2061年9月20日 08:49 p.m. -6〕

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