[RIDE THE LIGHTNING] Chapter14

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 インワーゲンの言に、アーノルドは目を見開いた。

「ジャジメントだと? あの娘が復活したメシアの現身だとでも言うのか」

「いいや、それほど超越的でもない。だが、たかだか一国家、一民族の内で収まる危機でもない。君らの信仰になぞらえた言い回しには語弊があって、適切でなかったことは認めるが、しかし、裁きを受ける私たちからすればその差異は極めて些細なものだろう」

 インワーゲンはそう言って引きつった笑みを浮かべた。

「もう少し、順をおって話してくださると助かるのですが。あなたの口ぶりはその……とち狂ったようにしか聞こえない」

 デイヴはインワーゲンを睨む。

「すまない。しかし、アレが出て来たというのは、私ほどの人間がこうも取り乱すようなことだということを分かってほしい」と、インワーゲンは言う。

「わかります」と、アーノルド。

 インワーゲンは答える。

「あれは、かつての人が造った、人を作り変えるマシーンだ」

「人を……」

「作り変える?」

 呆気にとられる軍人たちに構わず、インワーゲンは続けて語る。

「現存人類が誕生するより遥か昔に、別の人類の文明があった」

「ん?」と、ハンニバル。

 インワーゲンはさらに続ける。

「その人類の文明は我々のそれを遥かに凌駕するものだったが――」

「ちょ、ちょっと待ってください」と、アーノルド。

「なにか」と、インワーゲン。

「いえ、その、いきなりオカルトじみたことをおっしゃられても困ります。別の人類とはなんです」

 アーノルドの問いに、インワーゲンは少し考えた後、

「君らは、人類史に空白があることはご存じか?」と、逆に問い返した。

「……ええ。確か、人類の文明はここ数千年の間に目まぐるしい発展を遂げたが、ホモサピエンスという種自体は何万年も前から存在している。ではなぜ、その間ホモサピエンスは文明は発達しなかったのか、といったような話でしたかな」と、デイヴ。

 インワーゲンはデイヴの顔を見て笑む。

「その通りだ。で、実際のところ、その間人類は、延々狩猟採集で食いつないでいたわけではなかったのだ。文明を築き、そして滅ぶ。これを幾度となく繰り返していたのだ」

 軍人たちは再び唖然とし、顔を見合わせる。
 しばらく続いた沈黙を破って、アーノルドが問う。

「じゃあなんで、その痕跡が見当たらんのです。土を掘れば、所謂オーパーツというやつが出てくるはずでしょう」

 インワーゲンは答える。

「RIDE THE LIGHTNINGが痕跡を消していたのだ」

「なんのために」と、デイヴが問う。

「人類をより良く作り変えるためだ」と、インワーゲンは答える。

 デイヴは言う。

「先ほどもそのようなことを言っていましたね。あれは人を作り変えるマシーンだと」

 アーノルドがそれに続けて言う。

「つまり滅びは、人類を作り変える際に人為的に……いえ、そいつがマシーンであるなら、機械的に、でしょうか……引き起こされていると」

「そうだ」と、インワーゲン。

 アーノルドは問う。

「そして今、我々の文明もまた、滅ぼされようとしていると……しかし、なぜそいつは、折角発達した文明を滅ぼすのです。人類をより良く作り変えることが目的なら、文明を発達させる過程で育まれた、モラルとか価値観とか、制度とか、あとはもちろん科学とか技術とかもですが、そういうものは役立てるべきなのではないのですか?」

 インワーゲンは答える。

「RIDE THE LIGHTNINGを生み出した人類は、優れた文明を有していた。にもかかわらず、それらを総てかなぐり捨てて、人類の歴史をゼロからやり直す、リセットするという判断をした。つまり、よりよい人類を生み出すために、文明の遺物は不要と考えたのだろう……それがなぜか? と、私に聞かれても困る。私とて、世のため人のために科学し、文明を発達させることを是とする科学者だ」

「……自分は、分からなくはないですがね。人間が技術やモラルを発達させてやったことと言ったら、武器をとって殺し合うとか、ネットで罵り合うとか、富を奪い合うとか……挙句はAletheiaですし」と、ハンニバル。

「私語は慎め、少尉」と、アーノルドが厳しい声で言う。

「はあっ」ハンニバルはそう発し、背筋をただす。

「そうだぞ。君の言うことも分かるが、そういう過ちを正して前進できるのも文明があるからだろう。滅多なことを言うもんじゃない」と、デイヴが諭すように言う。

「ああ、その通りだ」インワーゲンも同調する。

「申し訳ございません」ハンニバルは読み上げるように言った。

 アーノルドは少しイライラしながら言う。

「しかし、そんなことはどうでもよいのだ。問題は博士、あなたがどのようにしてそれを知ったのかということです」

「む」と、インワーゲン。

 アーノルドは続けて言う。

「人類を作り変えるだとか、文明を滅ぼすだとか。もし本当に、やつにそういった能力あるならば脅威です。我々軍は早急に対処する必要があるでしょうし、そのためにあなたの情報は貴重だ。ですから、まずはあなたが持つ情報の信憑性を確認する必要があります」

「どう知ったかといえば、やつのボディに触れてだ。私は2年前、チベットで眠っていたRIDE THE LIGHTNINGを掘り起こした」と、インワーゲンが返す。

「チベット……中国の南のあたりか」と、デイヴ。

「なぜそんなところに?」と、アーノルド。

「ヤツに呼ばれたのだ。私を呼ぶ声のようなものが聞こえたし、その声に応えたいという抗いがたい衝動に駆られた」と、インワーゲン。

「……ほう?」

「それで掘り起こして……どうしたのです?」と、デイヴ。

「この国に持ち帰り、大統領と相談した後、とある場所に保管していた」と、インワーゲン。

「大統領と!?」

「一応お伺いしますが、その場所というのは」

 アーノルドの問いに、インワーゲンは答える。

「すまない。それについては、私の口から語ることは許されていないのだ」

「そうですか。では博士。我々に共有できる範囲で、RIDE THE LIGHTNINGに関する情報を提供いただきたいのですが」

「私としては、君らに協力するにやぶさかではないのだが、ホットラインをお借りしてもよろしいかな? 大統領に確認をとる必要がある」

「ホットライン、か……承知いたしました。カラテ、直通回線を」

「ハッ」とカラテ。

 インワーゲンは腕組みをして回線が繋がるのを待ちながら、デイヴの方をチラリと見る。
 すると、デイヴもまた同じように腕組みをしていることに気づく。
 それが可笑しくてクスリと笑う。

「ん、なにか?」と、それに気づいたデイヴが問う。

「君はなかなかにイイ男のようだ。名前は?」

 デイヴは不思議そうな顔をして、

「デイヴです。デイヴ・クラプトン」と名乗る。

「そうか。よろしく」手を差し出すインワーゲン。

 デイヴはフッと笑って、

「こちらこそ」

 と、その手をとり、握手。
 デイヴは言う。

「しかし、旧人類というやつらはお笑いですな」

「そうかね?」と、インワーゲン。

 デイヴは言う。

「だってそうでしょう? 現にそこにある文明も人も否定しておきながら、より良い人を生み出そうなどと」

「ん? 気に食わなかったから、より良いものを生み出そうという発想になったのだろう?」

 インワーゲンとて、人類を滅ぼして作り変えようなどという発想は間違っていると考えている。
 だが、デイヴの言い方では、そのような発想への批判としては的確ではないように聞こえた。
 不正確な言い方は、たとえ自分の考えに共鳴するものであったとしても許す気にはなれないのが、彼の科学者としての性分だった。

「物なら分かりますが、人でしょう? 自分たちだって人だというのに……そいつらは、自分が何者かすらも忘れてしまったというのでしょうか。ああ、だとしたらそれは確かに欠陥だ。改良したくなる気持ちも、分からんでもないかもしれません」

 デイヴの言い分は、相変わらずどこかズレているように聞こえた。
 だが、今度はそのズレ、不正確さよりも、彼の言い分に含まれた他の何かが気になった。

「ははっ、確かに……」

 インワーゲンは、先のデイヴの言を反芻した。と、

「博士、ホワイトハウスと繋がりました」アーノルドが声をかける。

「ん、ああ」

 インワーゲンはアーノルドに案内され、受話器をとる。

「ええ、はい……はい……全てですね? 分かりました。では、はい……え? ええ、それはもちろん」

 インワーゲンは受話器を置き、アーノルドの方を向いて言う。

「大統領の許しが出た。私が持つ、奴に関する資料のすべてを君たちに共有しよう」

「ありがとうございます」

「では、早速その資料を持ってくるので失礼する」

「よろしくお願いします」

 インワーゲンは部屋を出ると、戸に背中を預け、天を仰ぐ。

「分からんのか、デイヴ君。皆が君のように素晴らしくはない。我々は、君が小ばかにした旧人類と何も変わらんのだぞ。きっとかの少女も、その愚かしさに気づいたのだ。その驚嘆タウマゼインがあのマシーンを呼び覚ましたのだ」

 そう一人呟くと、再び歩み始めた。

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