[RIDE THE LIGHTNING] Chapter14

〔アイオワ州シーダー・ラピッズ グレゴリオ暦2061年9月20日 09:31 p.m. -6〕

 突如スラムに現れたRIDE THE LIGHTNINGの周囲に、人々がわらわらと集まってくる。

『ハッハッハ。私は軍の犬ではない』と、RIDE THE LIGHTNING

「おちゃらけるんじゃないよ。だったら、アンタはなんなんだ」

 老婆が問うた。
 RIDE THE LIGHTNINGは答える。

『私は人類を理想郷へ導く者だ』

「……ガリア様?」

 フランチェスカが言う。

『ガリアとはなにか』RIDE THE LIGHTNINGは問う。

「その子が信じてる、神様だよ」老婆が答える。

『神、か。私は神ではないが……似たようなものだ』

「じゃあガリア様じゃないのか。残念だったな、フラン」

 高年の男がフランチェスカを茶化すようにして言う。

「いいえ」

 しかし、フランチェスカは静かに首を横に振る。

「なにぃ?」と、高年の男。

「ガリア様は厳密には神様ではないの。そして、ガリア様は人間を天国へと導く存在!」

 フランチェスカは興奮気味に言う。

「訳が分からん」

『私はRIDE THE LIGHTNING。ガリアなどではない』と、RIDE THE LIGHTNING。

「ガリア様には決して口にしてはならない真名があると聞きます」

『それが私と同じ名なのか?』

「いいえ。真名は誰も口にしなかったので、伝承は途絶え、今では誰も知りません」

「なんだそら」 老婆が吐き捨てるように言う。

「しかし、その御業は語り継がれています」と、フランチェスカ。

『それはなんだ?』

 RIDE THE LIGHTNINGに、フランチェスカが答える。

「マインドクライム」

『私だ』と、RIDE THE LIGHTNING。

「やっぱり! ガリア様」

『私はRIDE THE LIGHTNINGだと言っている』

「しかし、真名で呼ぶことは教義に反します」

『ならばガリアと呼ぶがよい』

「はい!」

「……で、本当のところはなんなんだい?」

 高年の男は呆れたような調子で聞く。

『RIDE THE LIGHTNINGだ』RIDE THE LIGHTNINGは答える。

「歩く電気椅子とでも言うのか……?」老婆は首をかしげる。

『それだけ刺激的だということだ。私は聖書の神のようにもったいぶることはしない。証明が欲しいのだろう。望みを言え。大抵のことなら叶えられる』

 RIDE THE LIGHTNINGがそう言い放つと、群衆はざわめきだした。

「じゃあ金だ!」

「そうだ、金を出せ! ありったけの!」

 人々は次々に言う。

「あなた達、ガリア様になんてことを……」

 フランチェスカは人々を虫けらを見るような目で見る。

『私は融通がきく。お前たちが金を欲する事情はよく分かっているつもりだ……マイケ。金はどうすれば手に入る?』

「マイケ? マイケがいるのか⁉」

 スラムの住民たちは慌てて周囲を見渡す。
 しかし、マイケの姿はどこにもない。

『マイケは私の依代となってくれた』

「依代? どういうことだ」と、フランチェスカが呟く。

 フランチェスカの独り言を聞き留めたRIDE THE LIGHTNINGは言う。

『ヘッヘッヘ、心配することはない。彼女は健在だ。ただ、私とマイケはひとつの身体を共有していて、今は私の方が表に出ているに過ぎない……ほう。盗み、か』

「ガリア様が盗みをなさるのですか?」フランチェスカは、今度は独り言でなくはっきりと問う。

『私はガリアなのだろう?』

 RIDE THE LIGHTNINGの言に、フランチェスカは考え込む。
 この様子に気づいたRIDE THE LIGHTNINGは、付け加えて言う。

『お前の祈りは聞き届けられた。天国の鍵は、すでにマイケの手の内にある』

「は?」フランチェスカは眉にしわを寄せた。

『……では、私は行く』

「どこへ?」

『金が欲しいのだろう?』

 スラムの人々の多くは、1日の大半を携帯端末の画面を呆然と眺めて過ごす。
 これは、体力の消耗を極力抑えて時間をつぶすためだ。

 彼らの生活は盗んだ電気によって支えられているが、核融合発電が主流となった今日では、電力は非常に豊富である。
 そのため、電力会社もスラム規模の盗電に神経質になることはない。
 また、スラム地域への立ち入りは危険でコストがかかるため、電力会社や当局は対策よりも放置を選んでいる。
 加えて、Aletheiaに囚われた有力者たちの邸宅の多くは街から離れた場所に存在しており、これら家庭への電力供給を止めるわけにもいかないため、結果としてスラムへの電力供給は続いている。
 こうした事情から、スラムの人々は充電に不自由することなく、携帯端末の利用が出来ているというわけだ。
(もっとも、使い古された携帯端末はいつ寿命を迎えるとも知れないが)

 しかしスラムの住民たちは、ネットワークにアクセスする術を持たない。
 では彼らが携帯端末で何をするのかといえば――端末に標準搭載された生成AI(進化した演算処理装置やメモリは、オフラインで十分すぎるまでのコンテンツ生成を可能とする)、その産物の享受である。

 2020年代に急速に発達した生成AIは、それからわずか5年足らずで、人間を完全に騙せるクオリティのものを安定して生成できるまでに成長したが、それでもなお、その生成物が人間のそれに完全に成り代わることが出来ずにいたのは、それらがコンテクストを伴わなかったことによる。
 すなわち、どれだけ生成物のクオリティが向上したところで、それが人間の手で生み出されたという付加価値までをも再現することはできず、また、人々が人間から生み出されたものを好み、欲する世の中の実情までをも覆すことは叶わなかったということである。
 この問題をクリアしたのが、中国で発達した統合型生成AI(Integrated Generative Artificial Intelligence)である。
 統合型生成AIは、人間の人格を再現する疑似人格生成AIを核とし、疑似人格生成AIが各種インプットを反映しつつ逐次出力する人格パラメータを、様々な活動に特化した生成AIが参照することによって、一貫した一個の人格者による各種活動を再現するものである。
 この仕組みによって、統合型生成AIはサイバー空間上に仮想の活動者を生み出し、そのSNS上での発言や、動画やライブ配信、ゲーム上での振る舞い、その者によるブログ、著書、歌、演奏、絵画、写真などの提供を可能とした。
 その圧倒的な生成精度と生成速度(2045年時点で、当時最新のミドルスペックPCで動画投稿者5人分、ミュージシャン1,000人分の活動を再現可能との試算)、コストパフォーマンス(核融合発電の実現による電気料金の急落による)、スキャンダル等のリスクの低さから、統合型生成AIの登場は、人間の活動者の大半を失業せしめたのであった。

 そして現在、スラムで最も根強い人気を誇るのは、多数の疑似人格生成AIを用いたゲーム実況動画である。
 これは、マルチプレイ対応ゲームをプラットフォームとし、10~100程度の疑似人格生成AIがプレイヤーとしてゲーム内でチャットやプレイをするというものだ。
 この形式の動画は、多数の疑似人格生成AI同士をゲーム内で交流させることでより濃密なコンテクストを生み出せるだけでなく、AIによるキャラクターの描画処理に比べて遥かに軽量なゲームの描画処理機能を活用するため、携帯端末でも容易に生成が可能であるという利点がある。
 また、生成に用いる学習モデルがアレーテイア・クライシス以前のものであるため、現状の悲惨な社会情勢が反映されておらず、それゆえに生成された動画を通じて、かつての豊かだった時代を懐古し、現実の厳しさから目を背けられる点も、スラムにおけるい動画需要に適合した。
 さらに、ゲームという非現実的な世界観そのものも、視聴者の現実逃避に大きく貢献していると言えるだろう。

 もちろん、ゲームを自らプレイするという楽しみ方が失われたわけではない。
 プレイ(=再生)が受動的な体験である動画と異なり、能動的なプレイ(=遊ぶ)が要求されるゲームにおいては、未だ既存のタイトルの中から選択し、それで遊ぶという方法が主流だ。
 つまり、能動的に行為すること、選択することこそが体験の根幹にあるゲーム、そのプレイヤーは、ゲームタイトルの選択においても自身の能動的な選択を欲求する傾向があり、動画のように携帯端末で自動生成したものをひたすらに甘受するスタイルは流行らなかったというわけだ。
 しかし、プレイヤーに合わせて携帯端末が自動生成しないというだけで、世に出回っているゲームの99%超は、生成AIが開発の全工程を担ったフルAIゲームである。
 さきほどゲームのプレイヤーの能動的な傾向があると述べたが、とはいえ、自身の望む理想のゲーム、その様態をこと細やかに言語化し、生成AIと根気強く対話を重ね、生成させるほどの能力・気概のある者はごく稀で、大半は遊びたいゲームに対して、漠然としたイメージしか持ち合わせていない。
 ゆえに、その漠然としたイメージ(牧場を経営するシミュレーションゲームで遊びたいなど)をアシスタントAIに伝え、その要望をもとに、アシスタントAIが既存のゲームタイトルに検索をかけ、提示された十数のタイトルの中から選択する(選択されたタイトルの生成プロンプトから、ゲームのプログラムが生成される)というのがトレンドである。
 ある意味でゲームを選択するという体験を携帯端末が生成、提供しているのであって、そういう意味では今日の生成動画視聴者とゲームプレイヤーの間には大きな差はないとも言える。

 今宵も焚火の爆ぜる音だけが響く中、男たちは一言も発することなく、電子の麻薬を摂取し続ける。
 
 突如、手元の画面が激しく明滅し、極彩色の映像が砂嵐のようなノイズに飲み込まれた。
 彼らは端末の寿命を予感するが、そのふやけきった神経には、もはや狼狽えることすらかなわない。
 ただ呆然と視線を彷徨わせる……

 ……桃色の甲冑がそこにいた。

〔アイオワ州シーダー・ラピッズ グレゴリオ暦2061年9月20日 09:31 p.m. -6〕

 突如スラムに現れたRIDE THE LIGHTNINGの周囲に、人々がわらわらと集まってくる。

『ハッハッハ。私は軍の犬ではない』と、RIDE THE LIGHTNING。

「おちゃらけるんじゃないよ。だったら、アンタはなんなんだ」

 老婆が問うた。
 RIDE THE LIGHTNINGは答える。

『私は人類を理想郷へ導く者だ』

「……ガリア様?」

 フランチェスカが言う。

『ガリアとはなにか』RIDE THE LIGHTNINGは問う。

「その子が信じてる、神様だよ」老婆が言う。

『神、か。私は神ではないが……似たようなものだ』

「じゃあガリア様じゃないのか。残念だったな、フラン」

 高年の男がフランチェスカを茶化すようにして言う。

「いいえ」

 しかし、フランチェスカは静かに首を横に振る。

「なにぃ?」と、高年の男。

「ガリア様は厳密には神様ではないの。そして、ガリア様は人間を天国へと導く存在!」

 フランチェスカは興奮気味に言う。

「訳が分からん」

『私はRIDE THE LIGHTNING。ガリアなどではない』と、RIDE THE LIGHTNING。

「ガリア様には決して口にしてはならない真名があると聞きます」

『それが私と同じ名なのか?』

「いいえ。真名は誰も口にしなかったので、伝承は途絶え、今では誰も知りません」

「なんだそら」 老婆は吐き捨てるように言う。

「しかし、その御業は語り継がれています」と、フランチェスカ。

『それはなんだ?』

 RIDE THE LIGHTNINGに、フランチェスカが答える。

「マインドクライム」

『私だ』と、RIDE THE LIGHTNING。

「やっぱり! ガリア様」

『私はRIDE THE LIGHTNINGだと言っている』

「しかし、真名で呼ぶことは教義に反します」

『ならばガリアと呼ぶがよい』

「はい!」

「……で、本当のところはなんなんだい?」

 高年の男は呆れたような調子で聞く。

『RIDE THE LIGHTNINGだ』RIDE THE LIGHTNINGは答える。

「歩く電気椅子とでも言うのか……?」老婆は首をかしげる。

『それだけ刺激的だということだ。私は聖書の神のようにもったいぶることはしない。証明が欲しいのだろう。望みを言え。大抵のことなら叶えられる』

 RIDE THE LIGHTNINGがそう言い放つと、群衆はざわめきだした。

「じゃあ金だ!」

「そうだ、金を出せ! ありったけの!」

 人々は次々に言う。

「あなた達、ガリア様になんてことを……」

 フランチェスカは人々を虫けらを見るような目で見る。

『私は融通がきく。お前たちが金を欲する事情はよく分かっているつもりだ……マイケ。金はどうすれば手に入る?』

「マイケ? マイケがいるのか⁉」

 スラムの住民たちは慌てて周囲を見渡す。
 しかし、マイケの姿はどこにもない。

『マイケは私の依代となってくれた』

「依代? どういうことだ」と、フランチェスカが呟く。

 フランチェスカの独り言を聞き留めたRIDE THE LIGHTNINGは言う。

『ヘッヘッヘ、心配することはない。彼女は健在だ。ただ、私とマイケはひとつの身体を共有していて、今は私の方が表に出ているに過ぎない……ほう。盗み、か』

「ガリア様が盗みをなさるのですか?」フランチェスカは、今度は独り言でなくはっきりと問う。

『私はガリアなのだろう?』

 フランチェスカは考え込む。

 目の前の喋る甲冑は、確かに異質な存在だ。
 それが、教えにある御業を、自らのものと認めた。
 その発言と教義とを鵜呑みにするなら、この甲冑こそがガリアに相違ない。

 フランチェスカの信仰を利用して、自分たちを騙そうとしているとも考えずらい。
 なにせガリアの教えの信仰者はこのキャンプで彼女一人であるし、そうでなくとも、大勢の信頼を得るために神を騙るというのはあまり頭のいい方法とは言えない。会話の流れにしても、あの甲冑が自分からガリアを名乗ったわけではなく、フランチェスカに説得される形で認めた形だ。

 おそらく、この甲冑に嘘をついているつもりはない。
 ただ、フランチェスカの早合点とその説得によって、自身がガリアであると誤解してしまった可能性がある。
 というのも、フランチェスカには先刻の依り代に関する甲冑の発言がどうも腑に落ちないのだ。

 ガリアの教えには依り代に近しい概念として驚嘆タウマゼインがある。
 驚嘆タウマゼインは、知を極めし者とガリア――すなわちこの世全てを貫く超越的な知との合一を意味する。
 これは人間にとってはガリアの領域=天国へと上昇アセンションすることであるが、超越者たるガリアの側からすれば人間の肉体に宿ること、受肉インカーネーションに等しい。
 驚嘆タウマゼインの後者の意味合いに沿って考えれば、ガリアが宿る人間の身体を指して依り代と言い表すことに違和感はない。
 しかしその身体が、よりにもよってあの(インテリジェンスに欠ける)マイケだというのがどうにも解せない。

 さらに言えば、受肉インカーネーションしたガリアが愚民のために資産の再配分などという温情を与えんとするというのも違和感がある。
 もっともこれについては、明確にどの教えに反しているというわけではなく、あくまでも彼女がガリアに対して抱く漠然としたイメージと合致しないというだけなのであるが、眼前の甲冑の言い分は、人々の努力を賛美し、闘争を煽るガリアのそれよりは、むしろ、ルサンチマンを抱く弱者に寄り添ったものに聞こえ、らしくないと感じる。
 不愉快ですらある。

 フランチェスカが思いつめた様子を目の当たりにして、彼女が何を気にしているのか気になったRIDE THE LIGHTNINGは、マイケの認識を参照した。
 フランチェスカを、マイケの盗みの罪を気にかけ、その罪を自身の祈りによって洗い流さんとする情に厚い少女であると誤解するその認識を。
 その認識をもとに、フランチェスカの思考を推察し、かけるべき言葉を組み立て、そして発する。

『大丈夫だ。お前の祈りは聞き届けられた。天国の鍵は、すでにマイケの手の内にある』

「は?」フランチェスカは眉にしわを寄せた。

『……では、私は行く』

「どこへ?」

『金が欲しいのだろう?』

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