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「らしくないですね」
士官たちが慌ただしくするなか、デイヴはアーノルドにそう言った。
〔アイオワ州グライムス グレゴリオ暦2061年9月22日 09:32 a.m. -6〕
「なにがだ」
「あなたはこういう命令には従わない人だと思っていました」
「私が大統領命令に従わない不届き者とでも?」
「ご冗談を。現大統領はすでに任期を満了し、まともに選挙が出来ない今、臨時的にその地位にいるだけです。ここには大量の武器弾薬と機密情報が保管されている。それを放棄させるだけの正当な権限などないと、そうお思いなのでしょう?」
「そうは言っても、命令ではこの基地に一人たりとも残さず、即刻に退去しろとある。この意味が分からない君ではないだろう」
「ええ、まあ」
「あの」
二人にハンニバルが声をかける。
「仕事が終わったのか」と、デイヴ。
「いえ」
「なら仕事に戻れ。時間がないんだ」
「なんなんです。この基地を放棄する意味って」
ハンニバルは、アーノルドの命令を無視して問うた。
デイヴは言う。
「今話すべきではないことだ」
「あなた方にはお分かりなのでしょう。しかし我々には分からない。これは全体の士気にかかわります。この任務は戦闘ではありませんが、これほどの大仕事に疑念は余計です」
アーノルドとデイヴに士官たちの視線が集まる。
アーノルドはため息をつき、口を開いた。
「分かった」
「准将!」と、デイヴ。
「君の言うとおりだ。これでは仕事も手につかないだろう。ただし、これはここにいる君たちだけに言うことだ。この基地の全員に言えばそれはそれで士気にかかわる。そういう判断だ。分かってほしい」
「分かります」
「と言っても、私も君たちに伝えた以上のことは言われてないので、確実なことは言えんのだがな」
「お前たちも知っての通り、大統領の任期はとっくの昔に過ぎている。そのうえかつての政敵が悉くAletheia漬けになったもんだから、黒い噂だってある。そういうわけで、大統領を葬ってしまおうという過激な反政府組織が近年力をつけているし、その拠点のひとつが、このアイオワの地のどこかにあるという話だってある」
「つまり大統領は、各地の反政府組織に対する見せしめとして、ここを核で焼こうというわけだ」
「核!? まさか」
「命令は――基地周辺の一部区域に駐屯している兵士を直ちに撤収させ、彼らとともにイリノイの基地に移動せよというものだ。知っての通り、現在この基地はアイオワ全域を管轄しており、指定された区域の外にも駐屯兵は大勢いる。で、その区域というのがこれだ」
デイヴはそういうと、モニタにマップを表示する。
「5万ヤードにも及ぶ立入禁止区域。これはちょうど、今日から3日間の天候状態で、とある場所にB83核爆弾を投下した場合の、放射性降下物の降下予測地域のシミュレーション結果と重なる。また、退去の必要のない区域外の兵士らにも、今のうちに出来る限りの水を蓄えさせよとの命令もあった」
「水?」
「おそらく、河川の放射能汚染を見据えてのことだろう」
「そんな……なんでよりにもよってここなんです」
「そうです。レジスタンスの拠点なら他所にだっていくらでも……我々が対処を怠ったから?」
「いや、恐らく、RIDE THE LIGHTNINGについての報告を受けたからだろう。なんたって、今言ったシミュレーション結果というのは、報告にあった、マイケ・フォードの一味が逃亡に使うという旅客機、その離着陸場に核を落とした場合のものだからな。まあ、レジスタンスの拠点を潰すついでで、得体のしれない化け物も退治できるなら一石二鳥とでも考えたのだろう」
「それに、ボルチモアやフィラデルフィアに核を落とすわけにもいかんしな」と、アーノルドが付言する。
「自国民に向けて核を使うということの意味を……ええい、大統領め。ついに耄碌したか」
「そもそもなんで核なんて……どう考えたって過剰でしょう」
「それについては私も同意見だ。核は他の兵器とは訳が違う。少なくともレジスタンスの拠点を潰すには大きすぎる力だ……昨日から、ヤツに恐れおののいていた博士の姿が見えん。もしかしたら、彼が大統領に助言したのかもしれんな。それで大統領は、RIDE THE LIGHTNINGを過剰に警戒して……」
「あるいは、先日のジョーイ・マルムスティーンの件も関係しているのかも」と、デイヴ。
「……よそう。これ以上憶測でものを言うのは。ともかく今言えることは、ほぼ確実に、この地に核が落ちてくる。その可能性が極めて高いということだ。ドナー少尉、これで納得してくれただろうか」
ハンニバルはしばらく沈黙した後、返答する。
「基地を放棄するというのは、余程のことです。それと、先ほどのお話を総合すれば……ええ。正直に申しまして、まだ実感が湧きません」
「そう、だろうな」
「しかし、万が一と思えば、やり遂げぬわけにはいかない仕事だということは理解しました」
「ああ。助かるよ」
「そんな……すぐに市民を避難させないと!」と、シャイニングが声を上げる。
「駄目だ。そういうことはしてはならないというのも、大統領の命令の内だ」
「それがなんです! 我々兵士の使命は、市民を守ること。国土を核で焼くことでもなければ、市民を見殺しにすることでもない!」
そう言い放つと、シャイニングは周りの士官たちを突き飛ばしながら指令室を飛び出していった。
「追え! 彼に行かせるな!」