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アイオワの軍事基地を出発した輸送機の群れは、きのこ雲を背にして飛んでいた。
〔アイオワ州グライムス グレゴリオ暦2061年9月22日 10:32 a.m. -6〕
アーノルドは、機内でシャイニングが描いたRIDE THE LIGHTNINGの絵を見つめる。
「それは彼の……遺作、ですか」と、デイヴ。
「ああ。曹長は、人として正しい行いをした」
デイヴはアーノルドの顔色を窺い、
「ええ」とだけ言った。
「彼の魂は、きっと天国へと昇るだろう。だが私は、そんな彼の最後に、悪魔を描かせてしまった」
アーノルドは声こそ穏やかだったが、絵を掴むその手は震えていた。
「あなたのせいじゃない」
デイヴは、付き合いの長い友人として、シャイニングが死んだのは残念だと思っていたし、アーノルドの心の痛みを和らげてやらねばならないとも思っていた。
それは、彼にとって紛れもない本心であり、決して、体裁や、他者からの評価を気にしてのことではなかった。
ただデイヴは、それらの念が、その強度に関して、他者が抱く(あるいは期待する)それと比べて遥かに軽薄なものであることに気づいてはいなかった。
付言すれば、デイヴは、アーノルドが責任を感じていること、そのことで思いつめていることは客観的に理解していたし、だからこそその責任を否定する言葉を発したわけだが、アーノルドの思いを想像し、自らの内に再現しようとする試み(すなわち共感)には至っていなかったのである。(もっともこれも決してデイヴの無関心や怠慢によるものではなく、彼としてはあくまでも、アーノルドに心から寄り添っているつもりでいるのだが)
「そうだな。それに、失ったのは彼だけではない。我々は、多くを失った。信念、信頼、団結……」
「その絵、私がもらっても?」
デイヴがそのように切り出したのは、シャイニングのことを思い出せる片身が欲しかったというよりも、叶わなかったシャイニングが作った曲を聴くという約束(というほどでもないが)を果たす代わりに、彼の創作物である絵画を観賞してやろうという意図でのことであった。
これもまた、デイヴにとっては、なんらかの義務感に迫られるでなく、実直にそうしたいと思われたのではあるが、彼がシャイニングやその絵に対して感じているものはアーノルドのそれと比べて極めて希薄であったのだった。
断っておくが、アーノルドとてシャイニングを「不正義の犠牲となった若く有望な士官」だとか「市民を守るべく、軍機違反や自身の生命の危機を顧みず、軍人としての使命を全うした高潔な精神を持つ男」として評価しているというだけで、友人として彼の死に向き合っているわけではない(そもそもマイケ脱走以前には会話だって滅多になかったぐらいである)。
「……助かる」
アーノルドは、デイヴが、アーノルドの苦悩に寄り添って、アーノルド自身の手によっては決して捨てることが出来ず、また、見るたびにアーノルドを苦悩させるだろうその絵を引き取ってやろうかと提案しているのだと、そのように素直に受け取って、デイヴに絵を渡した。
デイヴは絵を受け取ると、じっとそれを見つめた。
そしてそこに描かれたRIDE THE LIGHTNINGのことを、そして、RIDE THE LIGHTNINGと共にいるであろうマイケのことを考えた。