[RIDE THE LIGHTNING] Chapter05 – “Close To The Edge”

 グライムスの街は、ほんの数年前まで静かな住宅街が広がっていたとは思えないほどに発展を遂げていた。
 これは、アレーテイア・クライシスに端を発する暴動と人員流出によって警察機構が瓦解し、治安維持の役割が陸軍へと引き継がれて以来、都市機能が軍事基地の周辺に集約されるようになったためである。

 基地周辺の街には企業施設や教育機関、商業施設が立ち並び、スラムのある街の外とは申し訳程度のバリケードで隔てられている。
 物理的には心許ないその境界線だが、それでも陸軍のプレゼンスが及ぶ領域を示す標として、内外の人間にとって絶対的な意味を持って機能していた。
 住民たちが重税に耐えてでも、バリケードの(徴税がおざなりな外側よりも)内側に拘る理由はここにある。

 安全確保のために基地に隣接された発電所の恩恵で、今宵も街は眩い光に包まれている。

〔アイオワ州グライムス グレゴリオ暦2061年9月18日 09:46 p.m. -6〕

 通り沿いには、派手なネオンを灯したステーキハウスや酒場、個人経営の診療所、それに軍と取引のある運送会社の支店が軒を連ねていた。建物の多くは装飾を排したスクエアなコンクリート造りだが、それぞれの壁面には後付けの看板や通信アンテナ、露出した配管が複雑に絡みついている。
 グレーの支柱に据え付けられた工業規格の投光器が街路を照らす。
 無機質な白い光が、路上に引かれた標識や建物の無骨な輪郭を浮き彫りにしていた。

「今日は何がいい?」

 デイヴ・クラプトンは愛車を走らせながら、後部座席に乗せた彼の部下に問うた。
 彼の愛車はレガシィB4。半世紀前のガソリン車である。

 現在、ガソリン車は米国を含む世界中の大半の国で規制の対象となっている。
 これは核融合発電の実現によって、自動車の環境性能を巡る議論がようやくの終結を見たためだ。
 米国においてもそれは例外ではない。しかし、誰も取り締まる者のいない今となっては、その規制は無に等しい。加えて、法的にはガソリン車やガソリンスタンドは国内に存在し得ず、ゆえにそれらに対する税率も定められていない。
 このような事情によりガソリン車の所有は、住民たちの交通手段、その有力な選択肢の一つとして浮上するのだ。
 とはいえ、新規製造が現在ほとんど行われていないために、ガソリン車を交通手段として選択する場合、デイヴのように中古車を見つけてきてそれをレストアする必要があるし、ガソリンとて相応に値が張る。
 だからこそ、あくまでも選択肢の一つに過ぎないわけだが、あえてガソリン車を選択する特別の利点があるとすれば、それはやはり、ヴィンテージの価値にあるだろう。

「そう言って、中佐はまた食わんのでしょう。悪いですよ」

「嫁さんが作った飯があるからな。しかし、好きでやってることだ。構うことはない」

 部下の男は、シート越しに伝わる低く一定したエンジンの震えを感じながら、ハンドルを握るデイヴの後ろ姿を眺めていた。物の希少価値やステータスといったものにおよそ関心がなさそうなこの男が、なぜあえて不便な旧車を維持しているのだろうかと疑問に思った。

「そういうわけにもいきません。家まで送ってもらって、食事まで毎日奢られていては変な噂だって立ちます」

「噂?」

 デイヴがバックミラー越しに視線を合わせると、部下の男は少し決まり悪そうに言葉を継いだ。

「あー、例えばその、ゲイじゃないか?って」

「俺がか?」デイヴは失笑した。

「ええ」

「それを言ってるのは、士官じゃないだろ」

「そうです。この前、中佐は聞いていなかったかもしれませんが、通りがけに、兵たちがこちらを指して言ってましたよ」

「なら気にすることはない。ああいうのは鳴き声みたいなものだ」

 部下の男は座席で身を固くし、窓の外を流れるけばけばしい街の灯に目を逸らした。

「そういう言い方はよしてください。兵士を動物か何かみたいに……」

「リスペクトに欠けていると?」

「そうです。そういう見下しは、意図せず伝わってしまうものです」

「そういうつもりはないんだがな。士官と兵士とでは、相応しい考え方も振る舞いも違う」

「そうですか?」

「ああ。生の殺し合いに適応しようと思えば、そのための気構えが必要になる。そしてそれは、我々のそれと同じではない。時には粗暴にも映る。だがだとしても、それは、彼らなりに自分たちの仕事に適応した結果だ。プロフェッショナルな姿勢だ。ならば、士官としての価値観で彼らを動物のように感じることと、異なるジャンルのプロフェッショナルとして彼らをリスペクトすることとは両立する」

 デイヴは屁理屈を言ったつもりはなかった。
 兵士らを見下したりはしておらず、あくまでリスペクトしているというのは、嘘偽りのない本心であった。
 ただ、デイヴは兵士らの姿勢を他意なく言い表す言葉を知らなかった。

「では士官の気構えとはなんです?」部下の男は、眉をひそめつつ問う。

「真面目な質問だな。勤務時間外ぐらいもっと楽にしろよ」

「あなたが真面目な話をしたからでしょう」

「それもそうか。まあ、そうだな……士官は空気を読んで、器用に立ち回ることが大事だ。それを抵抗なく自然にやるための気構えというと――傾向と分析だろうと思う」

「はあ」

 部下の男は、ここからどれだけ問答を重ねても、自分にはデイヴの言うリスペクトを解せないだろうと悟った。
 デイヴの言い分は、先の失言を屁理屈を並べて取り繕っているようにしか思えなかったし、そもそもがその不遜な態度を優秀さ故に見逃されているデイヴが、職場での身の振り方に苦心しているようには到底思えない。
 「器用に立ち回る」「傾向と分析」という言い回し(まるでゲームの攻略法のようだ)からも、人間関係を遊びにしているような印象を受ける。

 投光器の白い光がフロントガラスを横切り、一瞬だけ車内を明るく照らし出した。
 二人を乗せた車が、寿司屋の駐車場に進入する。

「寿司ですか。いいですねぇ!」

 部下の男は、先刻までの思惑を忘れて寿司に燥いだ。

「ああ。寿司の本場で修業してきたシェフが、丹精込めて力いっぱい握りしめた、噛み応えのある寿司が食えるんだ」

 デイヴは、車のギアをバックに入れる。

「へぇー。寿司の本場……インド?」

「いや、韓国だよ」

 停車し、エンジンを切る。

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